very careful


レストレードや警察関係者が大学内から出ていった後、シャーロックとアリスは研究室から残ったままだった。
時計の秒針の音、時折聞こえる椅子の軋む音、外の学生たちの声しか聞こえない。
既にあれから1時間くらい経過していた。
17時半を指し示した針が動き、31分になる。
アリス自身の腕時計にも視線を落としたがやはり時計は17時31分を示していた。
アリスは彼の用意してくれた冷め切ったコーヒー(教授の研究室のコーヒーだが)を一口飲んだ。
ほんのり甘くて疲れた心身には丁度良かった。そろそろと窺うように視線を上げる。
彼女の視線の先には指を組んで宙を見据えたシャーロックの姿があった。
キーキーと椅子を動かし、一人の世界に入り込んでいる。
邪魔しては悪いとアリスも黙ったままだった。しかしお腹が空いてくる。
人間はどんなときも空腹になるものだ。
アリスはコーヒーで空腹感を紛らわそうとしたが紛れるものではない。
お腹の辺りに手を添え、ふぅとため息をついた。
冷え込みの方も酷くなってきたし、辺りも随分暗くなってきた。
このままだとずっと彼は思考に浸ったままだろう。
かじかんだ指先を解そうと摩ってみたが効果はない。
感覚がなくなってしまいそうだ。
アリスは白のコートのポケットに手を差し込んだ。マフラーも持ってくれば良かったと後悔する。

「っくしゅ…」

アリスのくしゃみでようやくシャーロックは顔を上げた。

「あ、ごめんなさい」

彼の考え事を邪魔してしまったことを詫びるとシャーロックは額辺りに皺を寄せて時計に視線を落とした。

「こんな時間か。どうして声を掛けてくれなかった?」

マフラーを巻き直しながらシャーロックは立ち上がった。
ようやく帰れるのかと思い、アリスも立ち上がる。

「難しいことを考えているようだから、邪魔しちゃいけないと思ったの」

「難しいことなんて考えたことがないな。それに声を掛けられたくらいで邪魔だと思わない」

素っ気なくそう返すシャーロックに「そう」と眉根を下げる。
彼にとって難題は世界に一つもないのだろう。
アリスには難しいことなんて幾らでもあった。
シャーロックは別世界の人間だ。そう思うことにしよう。
研究室を出るとブルっと震えた。廊下はさらに冷え込んでいた。
温かいスープでも飲みたいものだ。ホットワインか。
取り敢えず寒さと空腹感を何とかしたい。
歩きながらぼんやりとそう思った。

「アリス、こっちだ」

家の方向へ歩き出そうとするがシャーロックはアリスの肩を寄せて方向転換をした。
戸惑うように彼を見上げれば「家はこっちだ」と前を見据えたまま言った。
怪訝に眉を寄せ、首を傾けた。

「そっちだと貴方たちの家だわ」

「そのつもりで歩いている」

「でも私の寝るスペースなんて」

「部屋を一つ用意した。もう君の大きな荷物の方は運び込まれている。それとも自分の家に戻って床で寝たいのか?」

何、この強引さと用意周到さ。
アリスは呆れながらも驚いていた。
そんな彼女に畳み掛けるようにシャーロックは見下ろしながら言う。

「ジョンは僕と君の帰りを待っている。ハドソン夫人だって君の分の食事を用意してる」

さあ、君の選択は?
と口元を吊り上げるシャーロックを見上げ、アリスはため息をついて口を開いた。
彼の予想通りの答えであることは分かっている。
それでもそう答えるしかなかった。

「行かせて頂きます…」

「いい子だ」




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