University of London
ロンドン大学本部はさほどベーカー街221Bから離れていない。
ブルームズベリー地区にあるロンドン大学本部はやはり立派だった。
ここで図書館司書として働くアリスのような若い女性はあまりいないに違いない。
シャーロックは侵入経路について早くも頭を回していた。
若い学生たちが行き来している。
当然だが通行証など持っていない。
しかしシャーロックにはお偉い兄がいる。
口元を吊り上げシャーロックは敷地内に足を踏み入れた。
*
「アリス」
梯子に上り、本の整理をしているとそう声が掛けられた。
アリスは細いフレームのメガネを押し上げながら積み上がった本を棚の上に置いた。
「アベル?どうかしたの?」
「何だか君…とても疲れてるみたいだから」
下から心配そうな視線を受け、アリスは気まずそうに視線を外した。
そしてぎこちなく笑みを浮かべる。
「私なら平気よ」
「そうか…」
何か言いたそうな顔だったがアベルは口を閉ざして腕に抱えた本を別の本棚に収納した。
一階で勉強する学生たちを見下ろしながらアベルはアリスを見上げた。
「フレイン教授は…まだ目が覚めないの?」
一瞬アリスの作業する手が止まりかかった。
慌てて口を開いて謝ろうとしたが彼女は再び作業を始め、アベルを振り返って見下ろした。
顔にはやはりぎこちなく浮かべられた笑み。
「ええ…心臓よりも上の方に銃弾が撃ち込まれてて…
何とか一命を取り戻したようなものだから意識は戻ってない」
アベルは教授が撃たれてから大学内にいるスーツの男たちが睨むようにこちらを見据えているのが見え、不快感に顔を顰めた。
アベルのその顔を見つめ、アリスは困ったように眉根を下げて、大量の本を抱えながら梯子から降りた。
「ごめんなさい、あの人たち警察なの」
小声でそう伝えれば、アベルは不快に歪んだ顔を元に戻し、苦笑した。
「何のために?まさか傍にいた君を疑っているとか?」
アリスは首を横に振った。
残りの本を抱え直し、「仕事してくる」とアベルの耳元で伝え、奥の本棚へと向かった。
顔にかかる髪を頭を振って払い除けながら奥の本棚へとやって来た。
きちんと指定された順番に並べながら息をついて梯子に登る。
何か面倒なことに巻き込まれている気がした。