Protection request


「警察はそんなことでは動かない」

そう冷やかにアンダーソンは言った。
鑑識官でしかないアンダーソンにそう言われることが気に入らないらしいシャーロックは一瞬眉を吊り上げ皮肉を言おうとしたがジョンに視線で制される。
シャーロックとジョンに挟まれるように真ん中に座るアリスは「そうですか」と返す。
彼の目つきからまだ彼女のことを犯人だと疑っているのだと分かった。
ジョンは反論しようと口を開きかけたが反論の手立てが見つからなく仕方なく口を閉ざす。
そして提案者であるシャーロックへ視線を向けた。
彼が何か反論してくれるだろう。

「そうか、最初から警察なんてあてにしていない。行くぞ、ジョン」

ジョンの予想に反して呆気なくそう言ったシャーロックにポカンとする。
アンダーソンとサリーは怪訝に眉をひそめて互いに顔を見合わせた。
レストレード警部も困惑したような顔だ。
慌ててアリスの腕を掴んで出て行くシャーロックの背中を追い駆ける。

「シャーロック、どういうつもりだ」

彼は始めから分かっていることはやらない主義な人間のはずだ。
となると意図的に彼は警察へ保護の要請をしたということになる。
始めから警察が取り合わないことを分かっていて。
速足で歩くシャーロックに引っ張られるような形で歩くアリスの呼吸が少し乱れていることに気づき、ジョンは彼の肩を掴んで止めさせた。
ようやく立ち止まるシャーロックに彼女はホッと息をついて
小さく「ありがとう」とジョンに向かって言った。

「いいや、いいよ」

微笑んで返せばアリスもやんわりと微笑んだ。
シャーロックは長身だ。
シャーロックの歩く速度に合わせていたらあっという間に体力を消費してしまうだろう。

「私、一度帰るわ…犯人はきっと慎重になっていてしばらくは襲わないはずだし」

「…分かった」

シャーロックは素っ気なく気を付けて、という言葉を添えて歩き出した。
ジョンは慌てて彼の後を追う。

「いいのか、それで襲われたりしたら…」

去っていく彼女の背中を振り返りながらジョンは眉を寄せて、ポケットの中に手を突っ込んだ。

「襲われたとしたら犯人の特定がしやすい」

やはり素っ気なくそう返すシャーロックにジョンは唸った。
そんなジョンを一瞥し、鼻で笑った。

「何だ、何か不満か」

「いやそうじゃないけど」

「けどなんだ?それともアリス・グレイに心を奪われたか」

「…そうじゃなくて」

ジョンはシャーロックの前に回って正面に向き直った。
見上げれば、シャーロックは怪訝に双眸を細め、顎を引いてジョンを見下ろす。
探るようにジョンも双眸を細めた。

「どうも君に違和感を感じる」

「僕に?僕は至っていつもと同じだよ。試しにあそこにいる夫婦のことを言い当ててみようか」

彼の口が開き弾丸のような推理が飛び出す前にジョンは遮った。

「いや、いい。それより今、僕は無性にコーヒーが飲みたくてね。
先に帰ってくれてて構わない」

「分かった。そうするよ」

シャーロックとジョンはほぼ同時に踵を返して別々の方向へと歩き出していた。

*

ジョンは噴水の広場へとやって来た。
ここなら落ち着く。
ベンチに座り、自身の顔を手で覆った。ずっと感じるシャーロックの微かな違和感。
具体的には言えないけどどうもおかしい気がする。
シャーロックの行動がおかしい気がする。
いやおかしいのは今に始まったことではないが感じるのはもっと違う――別の違和感だ。
ジョンは唸りながら鳩を追い駆ける小さな子どもたちを何気なく見た。
男の子が「あっちにもっといるよ」なんて女の子に話しかけ、手を引っ張っていく。
とても日常的な情景だ。平和的で何気ない光景。
しかしジョンは眉を寄せた。
そう、それだ。
シャーロックがいつもよりおかしく見えるのはこれだ。
アリス・グレイの腕を引いたのに違和感を感じたのだ。
それはとても些細な違和感。
警察を出て行くときシャーロックは彼女の手を引いた。
そこまでは問題ない。
しかしジョンが声を掛けるまでシャーロックはずっとアリスの腕を握ったままだった。
アリスは初対面のときよりもシャーロックやジョンのことを少しずつ信頼し始めている。
だから声を掛けて立ち上がっても着いて行ったはずだ。
いや、シャーロックのことだ。
彼は言葉よりも先に自分で考えて行動を起こす。
何がおかしいんだ、ジョン。と自身の短い前髪をクシャクシャにし、ため息をつく。
それでもどこか違和感を感じるのはどうしてだ。
いつまでそうしていただろう。
やがて携帯に着信がきた。
表示されている名前は“Sherlock Holmes”。
ため息をつきながらジョンの着信に応答した。






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