Michel
弟の話を終え幾分アリスは落ち着いたようだ。
シャーロックが口を開いて何か聞く前にアリスは素早く口を開いた。
「弟の恋人ミッシェルとは…昨晩会ったの」
「昨晩?」
その発言にシャーロックは眉を吊り上げた。
まるでその日は自分たちといたではないか、というように。
アリスは苦い顔で頷いた。
「あの後、真っ直ぐ家へ帰ったわ。そしたら玄関の前にミッシェルが立っていたの。
手が冷たかったから長い間そこで待っていたんだと思うわ…服も薄着で…
とても寒いから家の中へ促した。でもここでいいって彼女は言って」
「君は自分の家から自分のコートを出して彼女に貸したのか?」
まるで予知していたかのようにシャーロックは続けてそう言った。
それが正解であるかのようにアリスは目を見張り、息を呑んでいた。
「そうなんだな?」
シャーロックの確認するような口調に彼女は慌てて力強く頷いた。
「どうしてそれを?」
「アリス。君は今すぐ警察に保護してもらった方がいい。
もしかしたら誰かに狙われているかもしれない。
警察の方にはジョンから説明させておく。ハドソンさん!」
ハドソン夫人が奥からやって来た。
「はいはい?何かしら」
「彼女を少し別の部屋へ」
シャーロックがソファーに座るアリスを指し示し、夫人は「まあ」と声を上げた。
「可愛らしいお嬢さんねぇ…ジョンの新しい彼女さん?」
ぶっとジョンはコーヒーを口から吹き零した。
咽ながら「違います」と返す。
「冗談よ」とハドソン夫人は返して戸惑う彼女の背中を優しく押しながら「さあこっちよ」と出て行ってしまった。
「シャーロック」
ジョンの聞きたいことが分かっているのかシャーロックは
座り直して指を組んで宙を見据えたまま口を開いた。
「ミッシェル・コーツは恐らくアリスと間違われて殺害された」
「間違われて?」
「そうだ。まだ犯人の目的が分からないがそう考えてほぼ間違いないだろう。犯人の目的を知るためにはまず…」
シャーロックは一度言葉を切って、彼女が出て行った扉へ視線をやる。
「アリス・グレイの家のことを詳しく調べる必要がありそうだ」
ジョン、警察に連絡しろ、と言ったシャーロックの双眸は輝いていた。
どうやら彼の満足するような事件になりそうらしい。
取り敢えず、とジョンは自身の携帯を取り出して慣れた様子でプッシュして耳に押し当てた。