Case of brother
「話を聞く前に君の家族構成を聞きたい」
シャーロックが彼女にそう聞いたのは三人が腰を掛けてすぐだった。
アリスは戸惑うようにジョンへ視線を送った。
ジョンも少なからず戸惑っていた。
シャーロックはそういうのを聞かなくても見るだけですぐ家族構成や食べたご飯、人間関係や性格が分かってしまう男だ。
視線を受けたジョンはシャーロックを一瞥し、一度頷く。
彼女は躊躇いがちに話し出した。
「父と母は…私が幼い頃に亡くなって、血縁者は弟だけ。父と母の家族のことは誰も知らない。二人はその…駆け落ちしたみたいだから」
「ご両親の写真は?」
「ごめんなさい…持ってないわ。二人のことは覚えてもいない」
それからアリスは口を閉ざしたままだった。
家族の話はそれで終わりだということになる。
しかし疑問に思うことが一つあった。
ジョンはシャーロックが何も言葉を発さないのを見てメモを取りながら口を開いた。
「自立するまでアリスさんとショーンさんを誰が育てたんだ?」
「使用人の女性マリアさんという方がいたわ」
「いた?」
過去形であることに眉を寄せる。
するとアリスは困ったように眉根を下げて笑った。
「突然、失踪したの…私が18歳の誕生日の日に。
警察に届け出を出そうにもマリアさんのファミリーネームが分からなかったから…」
「お金はマリアという女性が?」
アリスは静かに首を横に振った。
「銀行の口座が二つあったの。私とショーンの分」
話が出来過ぎている気がする。妙な感覚を拭えなかった。
ジョンはシャーロックに視線を送ると彼は彼女を見つめたまま「ショーンの話に戻ってくれ」と言った。
彼は何か分かったのだろうか。
「警察は弟が自殺だと考えるしかないと言っているわ…」
アリスは自分のために出された紅茶にも目にくれず、少し硬い表情で言った。
そして視線を上げてさらに続ける。
「でも私はそうは思えない」
ハッキリと断言した彼女にシャーロックは首を傾げ「ショーン・グレイの殺害現場のことについて聞きたい」と言った。
アリスは膝の上で拳を握った。一拍置いてから彼女は口を開く。
「遺体は頭部がメチャクチャ…ショーンの手にはショットガン。何者かが侵入した形跡はない。
さらに玄関と窓はしっかり鍵で施錠されてた。ピッキングは不能。家にいたのは私だけ…」
震えた声で早口でそう言い切った彼女の双眸に涙が溜っているのを見てシャーロックはジョンに目配せした。
ポケットを探ってみたがグシャグシャのハンカチしか入っていなかった。
肩を竦めるとシャーロックは眉を顰め、視線でティッシュを示す。
そしてシャーロックは手を組んで質問を投げた。
「…彼に恨みを持つ者は?」
「いいえ、ハッキリと断言はできないけどいないと思うわ。ショーンはそういうこと何も話していなかったし…あ…
でも時折怖がるような素振りを見せてた。『次は僕の番だ』って夜に泣いていたことも」
関係があるのかは分からないけど、と付け足したアリスは落ち着くためにカップを手に取った。
一口飲みホッと息をつく。
涙が零れないようにするためか、アリスは顔を天井に向けた。
ジョンがそこへ丁度やって来てティッシュを差し出す。
「どうもありがとう」とアリスは一枚取って目元に押し付けた。