ヒロイック・アクシデント


施錠されたドアを開錠し、レオンとユウキは家に踏み入れた。耳を澄ませるが気配はない。

「ユウキ」

名前を呼ばれ、顔を上げるとレオンがドアを開けて待っていた。
駆け足で近寄り、奥へと進むと地下に通じる入り口があった。レオンはそこを指差し「受け止める」と言った。
先に降りたレオンの合図で飛び降り、ユウキは地下の簡素な通路の先を見遣った。

「行こう」

促され、ユウキは短く頷いて彼の後に続いた。
蝋燭の炎の灯りを頼りに先へ先へと急いで進む。洞窟の先へと進むと青い灯りが見えてきた。
感じる人の気配に警戒を強めたがその正体を知り、ユウキは力を抜いた。

「いい武器があるんだ」

品揃えが先ほどよりも良くなっているように見える。レオンは改造を施し、銃弾を幾つか購入した。
その一部を貰い、マガジンに挿入した。指先が冷えて少し悴む。指先を擦り合わせ、ハンドガンを握り直した。

「行こう」

「はい」

鉄製のドアを開け、少し進むと梯子があった。
レオンは無言で梯子を上った。そのあとに続く。地上に出ると少し空気が生暖かく感じた。
足元は少しの霧に覆われ、不安を煽る。湿った地面を進むとやがて視界が開け、墓地が見えてきた。

「不気味だな」

「同感です」

呟くような感想を拾い、ユウキはすかさずそう返した。
その先には目的地である教会が見える。情報が正しければアシュリーはそこにいるはずだ。

「ユウキ」

反応するように彼を見遣れば、レオンは顎を使って前を示した。
教会の前に村人が数人いた。その中にはダイナマイトを持った男がいた。
迷わず火をつける姿を見、銃口を持ち上げるがそれよりも早くレオンが処理してくれた。
爆発に巻き込まれて飛ばされた他の村人がこちらへと転がる。動かなくなるその姿を見下ろし、ユウキはそっと息を吐き出した。
教会の扉に手を添えたがビクともしない。鍵が掛かっているようだ。

「ここで待機していてくれ」

「…了解」

彼の背中を見送り、ユウキは石段に腰かけた。軽く伸びをするとポキリと音が鳴った。
1人になり、緊張感がやっと解けた。欠伸まで込み上げてくる。
早くこの任務を終わらせて、帰りたい。そしたら、そしたら、彼とはもう会えなくなる――?

「それでいいじゃん…」

なのになぜこんなにも胸が騒ぐのだろう。締め付けられるようになぜこんなにも苦しいのだろう。

(私、やっぱり…私は、やっぱりレオンが…)

「ううん、違うわ」

ユウキはすぐにその甘い考えを消し去った。
もうそんな感情は消えてしまったのだ。そんな自分はもう、死んだのだ。
なるようにしかならない。石段から腰を上げ、ユウキは銃を握り締めた。

*

通信機が鳴り、レオンは応答した。

『そろそろ教会に着いたかしら?』

「ん?あ、ああ…」

『レオン、寄り道している時間はないわ。その中にきっとアシュリーがいるはずよ。早く彼女を助けてあげて』

そんなことはわかっている。レオンはポケットに通信機を捻じ込み、顔を顰めた。
後ろをそっと振り返る。教会の前で彼女を待機させたのは彼女に1人の時間が必要だと判断したからだ。
彼女は何もないかのように振る舞い、素っ気なく対応する。レオンとは初対面のように。あの過去をなかったことにするようなそんな彼女の振る舞いにほんの少しの寂しさを感じた。
彼女は何を考えているのだろう。傷つけてしまった過去は消えない。彼女の心の傷から目を背け続けてきたその代償か。
レオンはあの幾つもの長い夜を呪った。後悔した。
守りたい、そう思っていたのに自分は彼女を破壊していた。
キツく手を握り締め、レオンは力を抜いた。いまは任務に専念しなくてはいけない。レオンは元の道へと戻り、彼女の名前を呼んだ。

「ユウキ」

こちらを振り返るユウキの顔はやはり何の感情も宿していない。

「はい」

片耳のインカムの位置がズレたのか直しながら彼女はレオンの元へと寄ってきた。
見上げてくる双眸を見つめ返し、レオンは感情を押し殺した。

「…道を見つけた」

「行ってみますか」

「ああ」

板でできた道を進み、行く先を阻む村人を撃ち落としていく。
傍にいる彼女も自分も淡々とそれをこなした。あのトラウマが嘘だったかのように。
塗り潰されていく過去に心は悲鳴を上げる。
それに気づいていても行動出来ないのは大人になってしまったから。
一軒の小屋にはまたしてもメッセージが置いてあった。

【教会の封鎖】
脱走した2人に関しては、合衆国のエージェントよりもルイスを捕まえることを優先せよ。
やつの持ち出した物は、あの娘よりも重要だ。
例え大統領の娘を利用出来ても、あれがなければ計画を最後までやり抜くことは不可能だ。
それにもしも、あれが他の組織に渡る事にでもなれば、サドラー様の理念とは違った世界が生まれる事になる。
それだけは避けねばならん。
しかしもちろん、あの娘も手放すつもりはない。
あのエージェントが接触できぬよう、しばらくの間、娘を閉じ込めた教会は封鎖する。
出入りに必要な“丸い紋章”は私が直接管理するので、立ち入る用件のある者は、サドラー様の許可を得よ。
“丸い紋章”に関しては、湖を超えた先の例の場所にも同じ物があるが、サドラー様によって『デルラゴ』の封印が解かれた以上、よそ者の手には渡るまい。
それに、あのエージェントには、すでに我々の血が混じっている。じきに我々と同じになるはずだ。
そうなれば、もうあの娘を助け出そうとする者はいなくなる…
ただ不可解なのがもう一人のエージェントだ。サドラー様はなぜ女のエージェントには手出しをしないのだろうか。

レオンは無意識に首元を押さえた。読み終えたらしいユウキはどこか不安げにレオンを見上げてきた。
そんな目で見つめないでくれ。レオンは無言で彼女の髪をくしゃり、と撫でた。彼女は抵抗しない。
それどころか、こちらをやはり眉根を下げて心配そうに見上げてくるのだ。
その姿は、あの死んだ街で出会ったユウキそのものだった。
キュッと胸が締め付けられる。その苦しさを誤魔化すように「先へ行こう」と促した。

「足元に気を付けろ」

板の途切れた場所を見下ろすと離れた地点に湖が広がっている。落ちることは避けたい。

「はい」

スムーズに彼女はそこを飛び越えた。それは訓練の賜物だろう。レオンはそれを複雑な心境で見守った。
あのウィルスさえなければ彼女は平凡に幸せに暮らしていけていただろう。
簡素な板の道を抜け、しばらく進むとそこは小さな谷底だった。気配に気づいたユウキは後ろを振り返り、「きます」と一言だけ冷静に言った。
後ろを振り返ってみれば、村人たちが大きな岩を押している。
またか。レオンは小さく舌打ちをし、ユウキの手首を掴んで走り出した。大きな音が背後から聞こえる。
足を動かしながらレオンは視線をあちらこちらに走らせていた。どこかこの状況を回避できるスペースはないか。
先へ先へと視線を遣るがなかなかそのような場所はない。小さな谷底だ。やつらは上手い場所を選んだ。

「あそこで避けましょう」

ユウキの声を聞き取り、レオンは「OK」とだけ返した。
確かに僅かだが回避には十分なスペースがある。
後ろにいる彼女のことも考えてタイミングを計り、飛び込んでレオンはすぐに彼女を受け止める体勢を作った。
彼女も成功したらしく、すぐにレオンの腕に飛び込んできた。腕の中の衝撃に備えて力を入れたがユウキもそのことを想定していたらしく、衝撃は少なかった。

「ありがとうございます」

息を整えながら彼女は一言そう言った。

「いや、無事でよかった」

唇をキュッと結び離れていく彼女を見遣り、レオンは瞳を伏せた。
これは完全に関係性を破壊するつもりらしい。自分に笑いかけてなくてもいい。レオンは心の中で彼女の幸せを祈った。
勝手な想いであると自覚しながら。







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