聖餐アイロニー
「弱き人間よ……」
鬱陶しい声にユウキは唸った。
「我らの力を授けてやろう」
身を捩って声から逃れようとする。薄らと目を開けた。ぼんやりとする意識。
紫のローブの男が彼に近づいていた。その手には怪しげな注射器。
レオン!声にならなかった。頭がガンガン響いて完全に覚醒できておらず、まともに力が入らない。
意識を取り戻そうと努力するが強い力で殴られたせいか上手くいかない。針が彼の首元に埋まる。
「やがてお前もこの力の魅力に逆らえなくなる…」
視線がこちらへと遣られる。ユウキは男を睨んだ。
レオンと同じようなことをされるのだろうか。だが男は口角を微かに上げただけで去って行った。
待って。彼に何したの…!意識がまた薄れていく。
*
レオンは目を開けた。奇妙な夢を見たものだ。
それを一瞬で掻き消し、レオンは辺りを見回した。どこかの寂れた家。村のどこかの家に監禁されているようだ。
手は縛られている。背後には1人の人間の存在を感じた。少し振り返れば先ほど縛られていた男であるとわかる。
ユウキは自分たちからは離れて手足を縛られ、転がっていた。気を失っているだけのようでレオンはホッと息をつく。
「Hey」
レオンは背後にいる男に話しかけた。揺さぶって起こしにかかる。
「大丈夫か?」
男は覚醒したようで唸っていた。
「俺を助けるはずじゃなかったのかよ」
「この村はどうなってるんだ?」
その質問には答えず、彼はまた代わりに質問を投げてきた。
「アンタ、アメリカ人だろ。何しにきた?」
レオンは腕を動かした。
「イテーなぁ、お前誰だよ」
「俺はレオンだ」
レオンはポケットの辺りを探って写真を取り出した。
「この子を捜しにきた。知らないか?」
「アンタとあそこに転がってるお嬢ちゃん何者だ?警察にしちゃドロ臭くないし」
「ちょっとな…」
「当ててやろうか。大統領の娘だろ?」
「なぜ知っている?言ってもらおうか」
「超能力……嘘に決まってるだろ。本当は奴らが大統領の娘を教会でどうとかって」
「そういうお前は?」
「ルイス・セラだ。ただのハンサムなプーさ。マドリッドの警官だったが辞めちまった」
「なぜだ」
警察官。懐かしい響きだ。
「憎まれ役にはもう飽きた。正義の味方なんて割に合わねえ仕事さ…」
レオンはぐったりと目を閉じたユウキを見遣った。
「俺も元警察官だ…一日だけな」
「俺より根性なしだな」
今でもあの光景は目に焼き付いて離れない。
「配属初日からラクーンシティの事件さ」
「それってアンブレラ事件か?」
レオンは苦々しく頷いた。ルイスがさらに密着し、口を開いて続けた。
「警察のラボでウィルスのサンプルってヤツを見――」
会話が途切れたことを不審に思ったがすぐにその原因がわかった。
顔を血だらけにした村人の1人が斧を引きずりながらこちらへとやって来る。もがくが腕の枷は外れない。
「何とかしろ!元警官だろ」
「お前もな」
村人が斧を振り上げる。レオンは「今だ」と合図を出した。
斧の刃がルイスとレオンを縛る枷を破壊した。地面へと受け身を取り、転がると再び村人が斧を振り上げた。
レオンは村人の胸の辺りに足を入れ、蹴り上げた。村人は壁に激突し、首を折って息絶えた。ルイスは姿をいつの間に消していた。
通信機が鳴り、レオンはそれに応答しながらユウキへと近づいた。
「こちらレオン。ちょっと手が離せない状況で連絡が遅くなってしまった」
「本当に大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。もう1人のエージェントの方も今は気を失ってるが問題ない」
怪我の具合などサッと見たが掠り傷くらいでほかに目立った外傷はない。
「ユウキの方のオペレーターが心配していたわ」
「後で連絡させる。……連中に捕まっていた男からの情報だ。アシュリーは教会にいるらしい」
「その男はどうしたの?」
「ここから逃げた」
「教会の場所はわかるの?」
「村のどこかに隠し通路があるようだ。とりあえず村に戻ってみる」
通信を切り、ユウキの肩に触れて揺さぶってみた。
「ユウキ。ユウキ、起きろ」
「ん……」
良かった。すぐに起きてくれた。
ユウキは上体を起こし、顔を歪めた。頭が痛むようだ。脳震盪を起こしてなければいいが。しばらく頭を押さえ、ユウキはやがて頷いた。
「すみません、大丈夫です」
手を差し伸べれば彼女はそれに素直に掴まって腰を上げてくれた。
「情報は?先ほどの男は?」
レオンは先ほどあったことを丁寧に説明した。
「するとそのルイスという男の証言通りなら私たちの次の目的地はその教会ですね」
「ああ。とりあえず、村に戻ろう」
「はい」