君と共に泡沫
肥料独特の匂いが鼻腔を刺激した。田舎を感じさせるどこにでもある風景。
牛の鳴き声が聞こえた。村人たちは人間は殺しても牛や鶏は殺していないらしい。
ユウキは自分の家がとてつもなく恋しくなった。自分の家は農家ではないが近所のほとんどは農家だ。毎朝、散歩に出かけ、広大な牧草地を歩いた。
そんなことを思い起こさせるがここはまったく違うのだとユウキはすぐに温かな我が家を掻き消した。
「ユウキ」
名前を呼ばれたことに一瞬、気がとられた。
「来るぞ」
農具を手に殺意を持った村人が出てきた。
ユウキはハンドガンを持ち上げて引き金を引いた。
*
すぐに片は付いた。ユウキはハンドガンを懐にしまい、レオンと共に農場地帯を抜けた。
農場から出ると狭い一本道だった。骸骨の吊るされた不気味な柱があり、それは先住民の縄張りを示す標を思い起こさせた。
何歩かそこを歩くと大きな物音がした。振り返ると村人たちが何メートルもある巨大な岩を押している。
何かを考えるより先にレオンに片手を引っ張られ、走ることとなった。
すぐ背後でミシミシという重みのある音が聞こえ、あれに潰されたら一溜まりもないだろうという考えが脳を占めた。
「避けるぞ!」
レオンに手を引かれ、ユウキはすぐに地面を蹴った。
巨大な岩はレオンとユウキの横を通過し、トンネルの入り口にぶつかって砕け散った。
「危ないところだったな」
「ええ……」
上がる息を整えながら視線を上げる。自然と目が合った。
逸らさず見つめ返せば、ギュッと握られる手。それを感じ、視線を落としてハッとすればレオンは「すまない」と手を離した。
自身の手を握りながら「いえ」と首を横に振る。触れられた手が熱い。何より名残惜しいと思ってしまった。
そんな自分を掻き消すように「行きましょう」と言った。
レオンはそれに同意し、また歩き始めた。ドクドク、とまだ心臓は早鐘を打っている。
暗くて狭いトンネル内に足を踏み入れた。嫌でも響く2人の息遣いと地を踏みしめる音に何故だか耳を塞ぎたくなった。
トンネル内を抜けると先ほどよりもボロい廃村へと出た。屋根のない家々。歩みを進めるとレオンに押さえられた。何事かと振り返ればすぐ目の前で爆発が起きる。
「危ない」
「いつの間に」
気づかないなんて。ユウキは投げられた方向へと視線を遣った。
またもや村人たちがいた。ダイナマイトまで扱うなんて。
「どうしても邪魔がしたいみたいだな」
「この先にいるのはお嬢様でしょうか」
「どうだろうな…俺はそう思いたい」
*
仕掛けてあるトラバサミに気を付けながら進み、村人たちを殲滅していく。
ふとユウキは気になっていることをレオンへと聞いた。
「あの」
「なんだ」
レオンが振り返る。
「足、怪我してませんか」
「足?……いや、していないが。どうした?」
「いえ。村の中心へと向かうときにトラバサミに血痕があったので」
レオンは思い出したように「ああ…」と頷いた。そして肩を竦めて、微笑んだ。
「犬が罠にハマっていたから助けたんだ。だから俺も怪我はないし、その犬も命に別状はない」
ホッとしたのと同時に、レオンが昔と変わらず出来るだけ多くの命を助ける信念が変わっていないことに懐かしさとよくわからない感情が込み上げてきた。
「そう、ですか。なら良かったです」
「心配してくれてありがとう」
「っ……援助させて頂く身なので把握しておきたいだけです」
「ああ、もちろんわかってる」
次にレオンが浮かべた微笑みは寂しそうな印象だった。
いや。自分が都合よく解釈したのだろう。ユウキはレオンから背を向け、「急ぎましょう」とぶっきらぼうに言い放った。