さびしい少女はアイスストッカーに眠る


「酷い目に遭った…」

幸運なことに誰とも遭遇せず、また誰からの襲撃も受けず、ようやく村の中心辺りまでやって来た。
だが油断は出来なかった。地面の至るところにトラバサミとワイヤー爆弾が仕掛けられていた。
幾つか爆発した痕跡があったし、使用済みのトラバサミも落ちていた。遺体も数えられないくらい転がっていた。
しかし……。ユウキは顎に片手をやった。不安要素もある。一つのトラバサミに血痕があったのだ。
もしかしたら先に潜入したエージェントが負傷してしまったかもしれない。
そんな不安に駆られる。口には出さないものの、それが気がかりでならなかった。サクラギに情報を求めてもいいが余計な会話は避けたかった。
ユウキの耳が銃声を拾った。僅か200メートル先くらいの距離。きっとエージェントが再び発砲したのだ。そんな発砲せざるを得ない危険な状況にある。
よくよく耳を澄ませば、チェーンソーの不快な機械音も聞こえてくる。

(チェーンソー!?)

一体何に使っているのだろう。ここは走って追いついた方が良さそうだ。
竦みそうになる足を無理やり動かして銃声の方へと向かう。村の中心部へはあっという間に着いた。
中心には燃え盛る黒い……ああ。ユウキはそれから目を逸らし、小屋の影に隠れた。
闇雲に突っ込んでも殺されるだけだし、もう一人のエージェントを危険に晒しかねない。
村人、だろうか。至るところに赤い瞳の男と女がいる。しかも見たところ外見は村人だ。
しかし何が恐ろしいかというとその者たちは鎌や斧、鋤…農具を片手に殺気立っている。それも集団で。そうすることが当たり前のようにその村人たちは指示を出し合い、人を殺そうとしている。よく見ると一つの家に集まっていた。
そこにここを探り当て、先に潜入しているエージェントがいるということか。

「2階から侵入できそうかな……」

上手くすればできそうだ。もう1人のエージェントもここまでやって来たのだから凄腕なのだろう。
お手並み拝見ということでここは一つ賭けてみることにする。下手な籠城はその身を危険に晒すだけだ。ユウキはその人を信じてみることにした。
上手く村人たちに見つからないように慎重に隣の家へと入り込んだ。1人突っ立っている村人がいた。音を立てないで一気に殺すとしよう。
ユウキはハンドガンをホルスターへと戻し、ナイフを取り出した。あまり時間はない。
一瞬の躊躇は命取りになる。一気に距離を詰め、ユウキは村人の口元を押さえこみ、喉を掻き切った。動かなくなる村人を確認し、そっと音を立てないように床へと転がした。
時間がない。もう1人のエージェントは大丈夫だろうか。チェーンソーの音が聞こえる。木が裂ける音。突破されたようだ。ナイフを戻し、またハンドガンに手をかける。
ユウキは音で状況を想像し、予想しながら2階へと上がり窓を破って屋根へと飛び乗った。
丁度、村人と遭遇し、仕方なくユウキは額に向けて発砲した。体勢を崩す村人をすかさず蹴り上げ、屋根から落とした。
隣りの家の屋根へと飛び移り、ユウキは肘で一気に窓ガラスを破って中へと侵入した。

「……!!」

拳が至近距離へと迫る。ユウキは反射的にそれを片手で流し、その人物の腹部に向けて拳を繰り出した。
だが予想されていたらしく、かわされた。前のめりになる。後頭部辺りに風を感じた。成る程、ユウキの首の後ろの骨をへし折るつもりらしい。
ユウキは瞬時にそう判断すると両手を敢えて床に着き、前転の要領で地面を蹴って相手の腕に足を巻き付け、勢いで体勢を立て直した。
無論、隙を作ってはいけない。ユウキはナイフを抜き取り、相手の首筋に狙いをつけた。だがそれは相手の刃によって受け止められる。
そのときようやく互いに顔を見合わせた。相手の目が見開かれる。ユウキは口の中が乾いていく気がした。

「ユウキ……」

懐かしい声。少し低くなっただろうか。いや大人びたと言うべきか。
呼び起される淡く鈍い感情に支配されそうになるがそれをどうにか押し殺し、ユウキは「任務優先」と冷たく言い放ち、
ナイフを滑りこませて落としたハンドガンを拾い上げ、すぐに応戦に入った。彼も冷静にそれを受け止め、すかさず押し寄せてくる村人を迎撃する。
幾ら倒しても押し寄せてくる村人たちにいい加減疲れてきた。銃弾のことを考えながら倒すのも億劫だ。
ユウキは分かりやすく顔を歪めた。

「キリがないな…」

彼がそう呟くのが聞こえる。
ユウキはそれには答えず、黙々と身を守るために村人たちを一掃していた。
終わりはいつ訪れるのだろうか。果てしない時間に思えた。それもつかの間、遠くの方から鐘の音が聞こえた。

ゴーン、ゴーン、ゴーン。

すると村人たちはぶつぶつと何か呟きながら引いていく。
怪訝に眉を寄せ、彼らの動向を見守る。あっという間に村人たちは一人残らず消えてしまった。
一体、今のは……。肩に手を乗せられ、ユウキは反射的に振り払った。一瞬、彼の顔が傷ついたように思えたがきっと気のせい。
ユウキは表情を崩さずに相手の顔を見上げた。……間違いない。

「報告します」

会話はしたくないとばかりにユウキはインカムを操作し、サクラギに連絡をとった。

『はい、サクラギ』

「私こんなこと聞いてない」

あまり慣れない日本語でユウキは怒りを声に滲ませた。
視線を感じたがそれに構わず、ユウキは続けた。

「エージェントが彼だなんて聞いてない、です」

『あいつが近くにいるんだな』

「……。」

『ごめんな。教えてあげればよかったね。』

ユウキはハッとし、顔を引き締め直した。

「いえ……ワガママでした。どのような方がパートナーだろうと私は私情を挟まず任務を完遂させます。
エージェントと合流したのでこれより対象者の保護に徹します」

『ユウキ、嫌なら――』

「――対象者の保護、急ぎます」

それだけ言ってユウキは通信を一方的に切った。そして彼へと振り返る。

「初めまして」

彼の目が見開かれる。

「私はユウキ・ブラックです。貴方のバックアップを担当いたします。お見知りおきを」

真っ直ぐと彼を見上げ、首を傾げた。
嫌だ、そんな顔しないで。今さら何なの…。ユウキは全神経を表情筋へと集中させ、どうにか動かさないようにしていた。
違う、自分はこんな人知らない。何も知らない。しばらく視線を交わし、レオンは視線を横へと逸らした。

「レオン・ケネディだ。よろしく頼む」

「ええ、お願いします」

握手を求められたがそれには応えず、ユウキは「とりあえずここを出ましょう」と独り言のように呟いた。
返事を待たずにそのまま背を向けて家を出る。ユウキはこっそり口元を緩ませて微笑んだ。胸の痛みを無視して。








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