死を覚悟して


はぁ…はぁ…

呼吸が聴こえてくる。
これは紛れもなく自分のものだ。ユウキは口元を手で覆い、呼吸を出来るだけ止めた。
それでも呼吸は聞こえる。
当然だ、自分は走って逃げてきたのだから。壁に身を寄せ、ふるりと震える。
これは悪夢だ。自分は夢を見ているのだ。
必死に何度もそう言い聞かせる。
それでも鼻をつく酸っぱい鉄のような匂い、耐え難い死臭、肌で感じる炎、自分の身に迫る殺気。
どれもが五感を刺激しこれは現実なのだということを突きつけてくる。

(…怖いっ…怖いよ…何でクリスいないのっ…)

口元を覆う手が震え、視界が微かに濡れる。
そして瞼を下ろし、先ほど見た光景を浮かべた。
白濁した目、肌は腐り中には内蔵や骨が剥き出しの“ヤツ”がいた。
口元はべっとりと赤い何かで濡れていて…

「っう……」

吐き気が込み上げ口内が酸っぱく感じた。視界は涙が邪魔をする。
ジェニファーの家へ行ってはみたもののもぬけの殻で家の中はメチャクチャだった。
ユウキはジェニファー宅で見つけたぐしゃぐしゃのメモに視線を落とした。
そこには“警察署”と記されている。きっとジェニファーはそこへ向かったのだろう。
運良く武器を拾った。人間相手であれば十分な殺傷兵器を。
当てる自信はない。それに“ヤツら”に効くかどうかさえもわからない。
映画に出てくるような――けれどもっとリアルな――屍に果たして効くのだろうか?
ギュッと汗ばむ手で銃を握る。

「ぐぁああ…」

咆哮が聞こえ、ユウキはそちらへ銃口を向けた。

「っ…あ…」

“ヤツら”だ。手が震えて照準が合わない。
あたし、死ぬのかも。ユウキは下唇を噛み締め、顔を歪めた。
覚束無い足取りでこちらへとやって来る“ゾンビ”は新鮮な肉を求めてユウキへ手を伸ばしていた。
さよなら、クリス。心の中でユウキは呟き、銃を下ろして目をキツく閉じた。








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