懐かしい人。
「ここをどうやって特定したの?」
男に抱き着いたまま、ユウキは震える声を抑えて聞いた。
懐かしさが込み上げて泣きそうになる。
「会いたかったっ…会いたかった…」
まるで謝るかのように男はユウキの背中を撫で、腕を回した。
安心感が胸の中を満たす。久しく平穏が訪れた気がした。今まで消息を絶っていたクリスが今、確かにここにいる。
懐かしい匂いに涙がじわりと滲んだ。ぐっとそれを堪え、改めてクリスと向き合った。
「ただいま」
「おかえりなさい」
微笑めば、頬辺りの筋肉が痛んだ。ああ、そうか。久しぶりに笑ったんだ。
クリスの顔から一瞬笑みが消えかけたがユウキは彼の背中を押して中へと入れた。
「さ、中に入って」
リビングへと招き入れ、ユウキはテレビを消した。
テーブルに広げられた朝食を片づけようとすればクリスはそれを制した。彼に甘えて食べ続けるとしよう。元通りに並べ、ユウキはクリスを振り返った。
「コーヒーでいい?」
「ああ」
キッチンへと足を踏み入れ、コンロにヤカンを乗せ、火にかける。
自分の分のコーヒーを淹れていたのですぐに沸騰した。マグカップにコーヒーを淹れるとそれをクリスの元まで運んだ。
久しぶりに会ったせいか、会話がない。ユウキは敢えてラジオやテレビをつけなかった。
クリスとはどんな会話をしていただろうか。思い出せない。遠い記憶に思える。
「…大変だったみたいだね」
「……?」
「ああ…その、クリスを助けに行ったクレアが逆に捕まって…」
「ああ、でもまたラッキーだったよ。この通り、クレアも俺も無事だ」
軽く肩を竦める彼だがなぜか顔は浮かないし、厳しい面持だった。
すっかり冷めてしまった朝食を平らげ、ユウキは困ったように眉根を下げた。
「2人とも無事でよかった」
「ユウキも」
「え?」
「ラクーンのことを聞いたとき俺は君とクレアを助けに行きたいと思った」
「いいの。この通り無事だし」
「そうだな、確かに外傷はなくて、健康なのかもしれない。でも俺は……すまないが、君が無事とは思えない」
真っ直ぐ見つめられ、ユウキは視線を揺らした。しかしすぐに真っ直ぐ見つめ返す。
「私は何ともないし、もう子どもじゃないわ」
クリスは顔を顰めた。そんなの言われたくない。
自分がこの道を進むことにクリスが納得いかないのはわかる。アンブレラのことでこれ以上、自分の親族や大切な人を巻き込みたくないのだろう。
「それに私はもう『ラクーン事件の生還者』となってしまった以上、ここから逃げるわけにはいかないの」
「クレアや君にまでこっちに来てほしくないんだ」
両肩を押さえられ、ユウキは顔を歪めた。
痛い。軽い体術で振り払えば、クリスは驚いたように自分を見下ろした。
距離をとって正面から向き直る。真っ直ぐ見つめてからユウキは口を開いた。
「私はもう戦い方を仕込まれた。この通り――」
ユウキはチェック柄のシャツを脱ぎ、ノースリーブになった。
露わになった肌のところには痣がある。クリスの眉間に皺が刻まれた。
「――毎日訓練をして怪我もしてる。だから私はもう元には戻れない。目を逸らすことも許されない」
「だからってもう!」
「最初は!最初は逃げてた。怖くて怖くてある人に迷惑も掛けてた。弱かった。私は脆かった…。でも私はもう大人。
もう普通の人生を送れない。決めつけだろうが誰が何と言おうと私はもうこの道を進むしかない」
まだ納得がいかないようだ。それでも引き下がってもらうしかない。
ユウキはまたぎこちなく笑ってシャツを着直した。
「ね。この話は終わりにしよ。これが私のやり方だってわかって。お願いよ、クリス」
懇願するように見上げれば、クリスは渋々といったように頷いた。
「わかった。いつでも戻れ。俺がそれを許す」
頭を撫でられ、ユウキは一度だけ頷いた。
「ありがとう、クリス大好き」