もっと目を閉じて


“絶対に私から離れないで”

そう言ったユウキの双眸はいつもの優しいものとはあまりにもかけ離れていた。
表情も険しく、車のトランクから取り出した角ばった重々しいアタッシュケースを見て幼いピアーズは察した。軍人の家系で生まれ育ったピアーズは何となく知っていた。
今まさにユウキが浮かべている表情は何かを殺そうとばかりに非情になる暗殺者の顔だ。
ピアーズは訳が分からなかった。先ほどまでに遊園地は楽しそうにがやがやと賑わっていたというのに。何だろう、この静まり返った空間は。
楽しいと感じていた空間は別の暗い空間へと姿を変えた。園内の案内図の傍らに立つピエロの人形は不気味さを演出している。
アタッシュケースを手に片手はピアーズの手を繋ぎ、真っ直ぐ前を見て歩くユウキの横顔を見上げる。
先ほど、女や子どもの悲鳴が幾つも聞こえた。気持ち悪い啜るような、何かを咀嚼するような、そんな音も。
その度にユウキの眉間に皺が寄った。

「ピアーズ」

無言で見上げればユウキは手を広げていた。そこにピアーズは大人しく飛び込む。
浮遊感に目を開けようとすれば制止するように名前を呼ばれ、目をキュッと閉じる。
走る気配にピアーズは彼女にしがみつくしかなかった。風を切るようなスピード、微かな呼吸音、そして遠くから聞こえる唸り声。
ピアーズはいよいよ分からなくなった。ここがどこかも。
続いて機械音がし、ピアーズは目を薄らと開けた。ボタンを操作しているユウキの姿が見えた。
ピアーズの恐怖を感じ取ったのだろうか。ふと彼女の動きが止まり、背中を撫でられた。無言だが気遣うような手の動きだった。

「大丈夫。守るから」

それはまるで自分に言い聞かせるような囁きでもあった。

「ぐぉお」

唸り声が近くに聞こえ、ピアーズは目を閉じてユウキに縋りついた。
耳元で優しい感触がし、片手がピアーズの目をそっと覆う。ピアーズは思わず耳に手をやった。

(耳当て…?)

その瞬間、大きな音が響いた。続いて聞こえてきたのはドシャッと質量のあるものが倒れる音と、カラン、と金属が落下する微かな音。
遅れてやってきた鼻腔を刺激する火薬の匂い。自分はこの匂いを知っている。

「ピアーズ、乗るよ」

乗る?いったいどこに。その答えはすぐに分かった。
ガシャン、と乱暴に閉じられた扉。揺れる少し不安定な地。観覧車、だ。
ピアーズは外の様子を窺おうと身を乗り出しかけたがユウキの手にそれは止められた。

「見ない方がいい」

そういうとユウキはアタッシュケースを開けた。中身には銃器が揃えてあった。

「…サクラギ、聞こえてる?」

顔を上げればいつの間にユウキの片耳にインカムがつけられていた。

「最悪の事態が起きたよ。うん…そう、悪夢の再来ってやつ」

淡々と通信機に向かってそう言い、外を見下ろすユウキの瞳は普段のユウキから想像もつかないほど冷え切っていた。








×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -