生贄志願者
小さな電気を頼りにユウキはページを捲っていた。それらから視線を外し、足元へちらりと視線をやった。
ユウキの足元の傍には小さな子どもが毛布を被って丸まっている。暖炉の効果もあり、遅い時間のせいもあってかピアーズはウトウトと頭を揺らし、瞼は半分閉じかけていた。
堪り兼ねたユウキは苦笑を漏らして、椅子から腰を上げてピアーズと目線を合わせるように屈みこんだ。
「…ピアーズ」
小声で彼の名前を呼ぶ。
「ん…」
ピアーズの反応はとても覚醒しているとは思えないものだった。
ダメだ、こりゃ。くすり、と笑みを零し、ユウキは毛布ごとピアーズを抱き上げた。
さすがに12歳の少年ともなれば、多少重みはある。しかし、このくらいであれば、何の問題もない。
開放的でカントリーなリビングから出て二階にあるピアーズの寝室へと向かう。
ベッドへとそっと下ろし、掛け布団をかけた。息をつき、ピアーズの寝顔を眺める。
すう、すう、と聞こえる静かな規則正しい寝息にユウキは口元を緩めた。
手を伸ばしかけ、ユウキは止めた。顔を引き締め直し、手をゆっくりと下ろす。
「ダメ」
自分に言い聞かせるようにユウキは呟いた。
眠っているピアーズの頭を撫でようとしたこの手はきっと、たくさん汚れている。
人間を殺したわけではない。トドメを刺したゾンビは自分の友人であった1人だけ。それでも罪を感じずにはいられない。
ウィルスによって生き返った屍。人間だった屍たちの咆哮は今でも忘れられない。きっとあの叫びは哀しみの声だったに違いないのだ。
ウィルスに侵される前に生きていた人間たちの悔しさとこの世に対する未練、哀しみ。
ウィルスの操作によって肉を求める奴らをトドメを刺すのは殺す行為ではなく、救う行為だ。ゾンビ化した人々は望んでそのような姿になったわけではない。
だから生き残った自分たちが殺してあげるべきだったのだ。ユウキは少なくともそう思っている。
それが出来なかった。自分の手が汚れるのが怖くて。中途半端な青臭い正義を信じて、偽善者だったのだ、自分は。
「ピアーズ?」
ギュッと首元に抱き着かれ、ユウキは目を見開いた。
いつの間に起きていたのだろう。
「ユウキさん、可哀想だよ」
「え?」
「何で自分を苦しめてるの?可哀想だよ」
「可哀想じゃないよ」
ユウキは微笑んで抱き締め返した。まだまだ小さな背中を撫でる。
「後悔してるだけだよ」
「後悔?」
不思議そうな丸い瞳と目が合う。
それに向かって微笑み、頷いた。
「そう。後悔。人はね、後悔するからこそ、強くなれるんだよ」
「そうなの?」
「うん。後悔しない人生ばかりを求める人たちもいるけどね、私は少し違う気がするんだ。そりゃ、後悔しない人生はハッピーになれると思う。
でもね、後悔しない人生なんてないし、後悔を前へと進む燃料にしちゃえば、さらに前へと進めると思うんだ」
「燃料?」
「そう、ガソリンみたいなもの」
「ユウキさんってすごいんだね」
「すごくも何ともないよ。もう遅いから寝た方がいいよ」
「うん、わかった。おやすみなさい、ユウキさん」
「おやすみなさい、ピアーズ」
挨拶を交わし、微笑み合った後で薄明りを消した。
影が深くなる部屋。部屋からピアーズの寝息が聞こえ始めるとユウキはそっと部屋から出ていった。