失ふは美徳

「ん、美味い。流石、高官のお屋敷のご飯は違うな」

次々とフルコースを平らげていくスーツの男。
飲み物は何故かいちごオーレをオーダー。彼はコーヒーが飲めないらしい。
なんてお子様。そう口に出して言うとサクラギは「うっさい」とすぐさま返してきた。
彼とは全てにおいて合わない。相性最悪だろう。いや、認めたくないが彼は優秀。戦い方を習ったばかりのユウキに合わせられるくらい彼の情報提供は優れたものだ。

「私も戸惑ってます、未だに」

「だろうな。窮屈してないか?」

さりげなくそう聞いてきたサクラギ。
気遣うような優しさがほんの少し見える。やはり彼は悪い人ではない。

「ほんの少し」

苦笑を零すとサクラギは顔を歪めてヨーグルトを平らげた。

「うーわ…だから俺アメリカのヨーグルトは苦手なんだ」

口直しのつもりだろうか。一気にいちごオーレを飲み干す彼。
余計に口の中が気持ち悪くなったらしい。顔を歪めたまま悶えるサクラギへ水を手渡す。
自分はアメリカのヨーグルトしか食べたことないから何とも言えない。ただ確かにプレーンヨーグルトは不味かった。
プレーンヨーグルトは自分も好きではない。

「ギリシャか日本のプレーンヨーグルトの方がまだ味はマシなんだよな」

「アメリカのしか食べたことないから何とも言えないです」

「じゃあ今度食べてみろ、アメリカのより全然美味いから」

頷き、自分も不味いヨーグルトを平らげる。

「よし、今日も訓練頑張るよ」

「はい」

「って言いたいところなんだけど」

サクラギは微妙な顔をした。
首を傾げる。何か問題でもあったのだろうか。

「お願いしていい?」

「はい?」

*

「……」

まさかサクラギからのお願いが子守だとは思わなかった。しかも週2日通うことになった。
少年はじっとユウキを見上げている。
12歳の子ども。彼はサクラギの元上司の息子らしい。サクラギは以前軍隊にいたらしい。
そこでかなりお世話になった上司に息子をお願いされたとか。しかしサクラギにはやることがあるらしい。
それ以前に12歳にもなる男の子の子守とはどうなんだろう。親が過保護なのだろうか。
取り敢えずいつまでも黙っているわけにもいかない。

「私の名前はユウキ。君の名前は?」

視線を合わせると少年は警戒心を露わにした。
頑なな雰囲気にメゲそうだ。
何とか笑顔を浮かべると少年は眉根を顰めたまま口を開いた。

「ピアーズです」

固い表情にどう接していいかわからない。

「貴方は何もしなくていいです。勝手に俺、何かしてますから」

本当のこの子は子どもなのだろうか。
何をすればいいか分からずユウキは部屋を見渡した。的が幾つか壁にあり、壁には小さな跡がたくさん残っている。
ピアーズと名乗った少年は玩具の銃を取り出し、BB弾を詰め始める。取り敢えず訓練にもなるだろうし自分もやろう。

「ピアーズくん、私にも銃貸して」

驚いたように見上げられる。

「お姉さんも軍人なんですか」

軍人…いや軍人ではないが銃は扱っている。
何と言えばいいだろう。警察?いや自分は警察官でもない。
だからといってエージェントと言うのも可笑しい気がする。ピアーズに軽い玩具の銃を与えられ、それに弾を詰め始める。
やはり本物の銃と違う。重さも握ったときの感触も怖さも。

「軍人、ではないかな」

「父さんが頼んだ相手だから軍人なのかと」

確かにこの家はバリバリの軍人一家に見える。
家のあらゆるところにトロフィーや勲章があった。一目見てここが軍人一家なのだとわかる。

「ピアーズくんは将来何やりたいの?」

「俺、ですか」

黙り込むピアーズ。ユウキは弾を装填し終え、的に向かって銃を構えた。
その構え方を見たピアーズは反応を示す。

「お姉さんは本物の銃、使ったことあるの?」

銃を下ろし、首を傾げる。

「うん、まだ私訓練中だけど」

「訓練?」

「職業は言えないけど毎日訓練してるの。だから私軍人と同じようなものかも。本当は私、大学でそのまま勉強してやりたいことあったんだ」

けれどそれは出来なくなった。自分はもう普通に戻れない。
自分は知ってしまった。ウィルスという恐ろしい兵器を。だからこそ戦わなくちゃいけない。
それを根絶するために。もう二度とあんなことが起きないために。自分やレオンたちのような者やウィルスに侵されて死んでいった犠牲者たちが出ないように。
銃口を再度、向け直す。強い眼差しで的を見据えるユウキの横顔にピアーズは息を呑んだ。
幼いながらにわかった。この人は地獄を見、そしてそれに立ち向かおうとしているのだと。ハッキリとは分からなかったものの何となく感じ取った。

「でももう出来ない。私は強くなるしかないんだ。戦わないといけないの」

カシャン、という軽い音と共に弾が発射される。
その弾は狙い通り的の真ん中に当たった。
思わずピアーズは手を叩いて拍手した。それを見たユウキは眉根を下げて笑う。

「ありがとう」

「お姉さんすごいんですね」

「お姉さんってやめようよ。名前で呼んでほしいな」

「じゃあユウキさん」

「うん、それでいい」

ようやく笑顔を浮かべたピアーズにユウキはホッと息をつくのだった。








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