バスケットに空色雨傘差しかけて
ユウキは薄暗い光に目を覚ました。まだ夜か。目を再び閉じるが寝付けず体を起こした。
瞼も頭も重いし、怠い。ふかふかのベッドから降り、ユウキは洗面台の鏡に顔を寄せた。
ああ、最悪。顔を顰める自分と目が合う。酷く不細工な顔。目は不自然にやや腫れている。
キュッキュッと蛇口を捻り、水を出した。ゴッゴッゴゴ。排水口へと流れる水。
それをぼんやり眺めながらすっかり白くなってしまった掌で水を掬い上げる。冷たい。息を吐いてそのままユウキは顔へとバシャバシャかけた。
ほんの少しだけ気持ちが落ち着いた。少なくとも虚しさと寂しさはまだ心の中で燻っている。簡単に手放せない感情だった。
「早く手放さなきゃいけないのに…」
クレア、クリス、クリスの職場の優しかった人たち、大学の友人たち、シェリー、そしてレオンの顔を思い出し再び目頭が熱くなる。
それを誤魔化すように何度も水を掬い上げて顔へと押し付けた。思い出してはいけない。
集中しなければいけない。訓練に。強くなるためにも感傷に浸ってはいけないのだ。
キュッと蛇口を捻って水を止め、備え付けのタオルで手と顔を拭いた。
鏡の中の自分が自分を見つめる。思わず笑ってしまった。酷い顔。
「スッキリした」
自分の感情なんて知らないばかりに素っ気なくユウキはそう言った。
しかし夜にしては少し明るい気がする。ユウキは大きな窓に近づきカーテンを一気に開け放った。窓を叩く雫。
ああ…雨が降っていたからいつもより暗かったのだ。
コンコン、とドアを叩く音に振り返る。
「はい」
ドアが控えめに開き、サングラスを掛けた厳ついスーツの男が入ってきた。
「ユウキ様、お客様がいらしています」
「お客、様…?私に、ですか」
チラッと時計へ視線を遣ったが出立まで時間は十分ある。
「ええ、客間へと既に案内したとのこと」
「アダム…義父さんはそのことをご存知ですか?」
…ああ、まだ言い慣れない。
「ええ」
「誰、ですか」
「恐れながら私の口からは言えません」
苦く笑いながら男は「どういたしますか」と聞いてきた。
会うしかないだろう。ユウキは頷いた。
「着替えたら行きますので」
「はい、それでは失礼」
ガチャン。ユウキはアンティーク調のドアノブに指を滑らせた。
後ろを振り返り、自分の部屋の広さを改めて実感する。家具の何から何までどれも一級品。
まるでお嬢様にでもなったかのようだ。いや、実際似たような立場にはなったが…。
「柄じゃないってば…私」
アダムがユウキを自由にする為にとった措置。
それはお察しの通り、アダムがユウキを養子として迎え入れられることだった。
アダムの養子となれば娘という理由で自由になれる。単純で何とも大胆な措置だ。
しかしだからといって訓練がなくなったわけではない。勿論、毎日欠かさず行っている。
サボるなんて甘い考えは持てないのだ。実はほんの少し最初の頃に一般職に就ける夢を見たのだが現実はやはり上手くいかないよう。
ユウキはスーツ一式を衣装タンス(家庭用一般サイズではない)から取り出し、ベッドへと放り投げた。
「あ、やっば。早くしなきゃ」
来客だ。お待たせさせるわけにもいかない。