お前を殺せば死んでしまうのさ

鍵穴に鍵を差し込んでから気づいた。鍵がかかっていない。
レオンが帰ってきたのだろうか。戸惑いながら鍵穴から鍵を抜き取りドアを開ける。ふと駐車場にレオンの車がないことに気づいた。
となるとレオンではない。泥棒?いや泥棒にしては様子が何だか可笑しい。知られてはいけない人間に居場所を知られたか。
まだレオンもユウキもエージェントではないがエージェント候補だ。候補を潰しておくのもアメリカの敵がやることだ。
息を殺し、慎重に慣れた廊下を靴のまま歩く。今の自分は非武装だ。
体だけでは太刀打ちできないだろう。少しドアの開いたリビングのドアへと体を寄せた。
武器になりそうなものはない。手持ちの警棒くらいしかなかった。それを鞄から抜き取り、一気に扉を押し開けてリビングへと侵入した。

「誰も…いない?」

ただ鍵を閉め忘れただけだろうか。
いや確かに自分は閉めたはずだ。
おかしいなと思いながら肩から鞄を下ろし、テーブルの上に置く。
食事するテーブルは今朝と同じ状態。畳まれた新聞紙が無造作に置かれている。

「私の、気のせいかな」

「こんばんは、お嬢さん」

低い男の声。ビクリと体が硬直した。振り返ろうにも首筋に何かが押し当てられ動けない。冷たいそれは鋭い刃物だ。
どこかからの刺客か。しかしそれにしては英語が自然過ぎる。訛っておらず標準アメリカ英語。
微かに香る香水の匂い。男は痕跡のことなどどうでもいいと窺える。
プロではないということか――?いや、プロに違いない。
背後にいたことに気づかずにこうして有利に立っている男の無駄のない動きを見ると相当な手練の持ち主と言えるだろう。
頭の中でこうして冷静に分析できるようになったのも訓練の賜物だ。

「どこかの刺客、ですか」

「急いでこちらへとやって来たが成る程…ラクーンの出来事がショックで私を忘れたか」

ユウキの質問に答えず男はクックッと笑った。
ラクーンのことを知っている、そして自分を知っている男。眉を顰めた。何者だろう?

「クリスが大事に育てた女…壊しがいがありそうだ。殺したらどうなるかな?」

「クリス…!?貴方はクリスのこと、何か知ってるのですか?」

「囀るな…」

ぷつり、と首筋に何かが刺さった。暴れようとすれば取り押さえられ、身動きが取れなくなる。
サングラス越しの目と目が合う。サングラスを掛けた背の高い男の腕を押え、身動ぎする。
こんな男と面識あっただろうか。いや…あったかもしれない。
S.T.A.R.S.のオフィス内で注意した男だ。「部外者をここに連れ込むな、クリス」と。
すみません、隊長。クリスは苦笑いでそう答えていた。
クリスの上司?なぜ彼の上司がこんな場所で自分を殺そうとしているのだろう。
首筋に刺さった針から何か冷たい液体が注入される感覚がした。思い出すのはラクーンのときに投与されたtとGの抗体ワクチン。
この男は何をしようと!ユウキは慌てて足を高く蹴り上げて距離を取った。
首筋に刺さったものを抜き取り、それを見遣る。注射器だ。首筋を押さえながら男を睨みつけた。

「何をしたんですか?」

「それに答える義理はない。…感染の兆候はなさそうだな、面白い」

じっくりと観察するように見られ嫌悪が湧く。
ユウキは誰かを呼ぼうと鞄へとジリジリ近づいた。しかしそれを見越していたのかウェスカーは拳銃を取り出し「動くな」と言い捨てた。
本物の拳銃を向けられ、やむを得ず指示された通りに動かない。
しかし本物の拳銃を向けられても恐怖を感じないなんて自分は遂に可笑しくなったみたいだ。
何か言葉を発しようとしたが外から車の音が聞こえ、ウェスカーは微かに顔を歪めた。
残念そうに首を振り、フンと鼻を鳴らす。

「もっとゆっくり話そうと思ったが…邪魔が入ったようだ」

レオン。レオンが帰ってきた。車のエンジンが止まる音が聞こえ、ドアが閉まる音が続いて耳に届く。
ユウキは玄関の方へと視線を遣り、ウェスカーへ戻した。だがそこにいたはずのウェスカーはいない。
カーテンが揺れているだけだった。

「ユウキ…?」

レオンがリビングへとやって来た。怪訝そうにこちらを見遣り、リビングを見渡している。

「あ、レオン。おかえりなさい」

「ああ、ただいま。電気も点けず何やってるんだ、一体」

苦笑交じりにレオンはそう言ってスイッチを押した。
そして目を見開く。彼の視線は床に落ちた注射器と首筋を押さえるユウキへと交互に動いていた。
眉根を下げて笑い「襲われちゃった」と言う。
ズカズカとレオンはこちらへとやって来てユウキの首筋に当てた手を退け、髪を耳にかけられた。
こんなに焦ったレオンはあまり見たことがない。レオンは指先でユウキの首筋に触れ、顔を顰めた。

「誰に襲われた?」

「わかんない…あ、でも確かクリスの上司だった人だったと思う」

「クリスの?」

レオンは眉間に皺を寄せた。
こくんと頷けばレオンはまた車のキーを取り出しユウキの手首を掴んで引いた。

「どこ行くの?」

「俺の“職場”」

玄関を出てレオンは鍵をしっかり閉める。
ここを引っ越さないとな、と呟く声が確かに聞こえた。

「でも私何ともなくて…」

「熱が高くなってる」

レオンが促すままに助手席に乗り込む。
シートベルトをしっかり締められ、彼は運転席まで回り込んで乗り込んだ。
車のキーを差し込み、溜息をつく彼は疲れきった顔をしている。

「レオン、疲れてるんだったら電話して呼べばいいし1人で行けるよ、私」

「馬鹿言うな。君を1人で行かせるわけない、俺は君の傍にいる」

真っ直ぐそう言われ、ユウキは口を閉ざすしかなかった。
レオンはユウキを一瞥しアクセルを踏んだ。








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