強く、なるために
最近、彼女と話したり会ったりする機会が減った。
レオンが家を出るまでも寝ているし帰っても彼女はいつも就寝してしまっている。
鍵を放り投げ、レオンは疲れた体をソファーへと沈めた。
「レオン…?」
小さな声が聞こえ、レオンは振り返った。
ユウキなのか、あれは?レオンは戸惑いの色を浮かべた。
それくらい久しぶりに会ったせいなのかもしれないがそれでも外見が大きく変わっているような気がした。
雰囲気が変わったのか。外見は大きく変わっていないように見えるがどこか彼女には大きな変化が見られた。
「おかえり」
彼女はどこか無理をして笑った。
まるで疲れ切ったような笑顔。そんな彼女の表情に違和感を覚える。
「ああ、ただいま」
ユウキはレオンの言葉を聞くとキッチンへと足を進め冷蔵庫からペットボトルを取り出してゆっくりとそれを傾けた。
彼女は水を飲みに来たようだった。
唖然とする。ついこの間まで彼女はキッチンへと入れなかったから。
「クレアの場所がわかった」
ピクリと彼女の肩が反応するように跳ねる。
「じゃあ…クリスが助けに行ったんだ…」
「ああ、そのようだ」
「なら安心した。おやすみなさい、レオン」
レオンは戸惑って言葉が出てこなかった。
そんなレオンを気にも留めずに彼女は空になったペットボトルを台所へと置いて去っていく。
手を伸ばさずにはいられなかった。ガッシリと掴めばユウキは苦悶に顔を歪めレオンの手を振り払った。
「っ…ごめん、レオン。でも痛いよ」
困ったように眉根を下げて笑うユウキ。そこまで力を入れなかったはずなのに。
手首を今度は優しく掴み、レオンは口を開いた。
「すまない…なあ、ユウキ今夜――」
「それはダメ」
初めて彼女に断られた。
気まずい空気が漂う。ユウキは視線を泳がせた後にレオンを見上げた。
眉根を下げて困ったように笑みを浮かべたままの彼女。
「体だけの関係…もう終わりにしよう?レオン」
ジクリ。胸の奥が痛んだ。“体だけの関係”。
確かにそうだ。今の彼女とは確かにそのような関係だ。
クレアは迷わず戦友や同志と呼べるがユウキはそうとは呼べない。
世間一般で言うならそうなのだろう。口付けもしていない関係だ。
「お互いの為にもならないし…私、そろそろ強くなるための準備始めなくちゃ…」
「そう、だな…」
「でも私、まだ未成年だからしばらくはこの家でお世話になります」
そう言って明るく笑ってユウキはお辞儀をした。
微笑を返し、レオンは頷いた。
「ああ。引き止めてすまなかった。おやすみ、ユウキ」
「うん」
ガチャン。リビングから彼女が消える。
レオンは引き返して再びソファーへと体を沈めた。
(…泣きそうな顔してた)
引き止めて彼女の心を――彼女の意志を尋ねたかった。
しかしそれをするのも憚られた。強くなろうとしている彼女の、前へ進んで行こうとするユウキの邪魔だけはしたくなかった。
見守るしか、ないのか。レオンは溜息をついた。自分もまだそんなに強くない。
絶対的な強さを持っていない。警官の夢は叶ったと思ったら一日で潰れた。
人を守るにはまだ未熟でまだ弱いのだ、自分は。掌で顔を覆い、レオンは目を閉じた。
「俺も強くなるよ、ユウキ…」
瞼の裏でチラつく赤い漆黒の蝶のような女性。口付けを交わした彼女を失ってしまった痛みは大きい。
あんな悲劇はもう起こしたくない。
*
ユウキは自室へと戻ると小さな明かりだけ灯してベッドの下から本を取り出した。
それを拾い上げ、ノートと筆記用具をベッドの上で広げた。
少しずつだが大学でやっていた勉強やその他の勉強を進めている。
“法学部”だった自分は“弁護士”か“学校の先生”になるつもりで勉強をしていた。
その為の単位も修得してきた。それが今はもうおしまい。本当は深くやらなくていい教科の教材を買い集めユウキは勉学に励んでいた。
大学で学んでいたことは役に立ってくれた。このことを勧めてくれたのは政府の高官であるアダム・ベンフォードだった。
彼はお金のことを援助してくれる上に、大学卒業資格(学士号)を与えてくれると言う。
ただし――ユウキは目を閉じた。
『レオン・ケネディには秘密にすること、勉強以外にも君には』
そう言ってアダムは引き出しから徐に黒い物体を取り出した。
重々しいそれは間違いなく殺傷兵器で。
『これを使ってもらう。将来的にはこれを使わなきゃいけない。そのための訓練も用意する。くれぐれもレオンには気づかれないように』
ユウキは目を開けて掌を眺めた。
初めて銃を握ったときは不思議と恐怖が湧かなかった。もうラクーンでそれを使役していたから。
筋肉痛の全身をベッドに横たえ、天井を見上げた。
「レオン…私、レオンを超えるよ」
誰に言うでもなくそう呟き、ユウキは拳を握った。