寂しそうな斜め45°


クレアがシェリーにワクチンを投与しているのを部屋の片隅でぼんやり見つめていた。
先ほどからやはり熱っぽい。しかしシェリーのような症状ではない為、ただの風邪だろう。
ユウキは息をつきながら自身の額に触れ、汗を拭った。
視線を感じ顔を上げればレオンが目の前に立っていた。それに驚いているとレオンは屈んで視線を合わせてくる。

「一応、君にもワクチンを投与しよう」

「でも私」

「念の為に。お願いだ、ユウキ」

そう言われてしまっては頷くしかない。
ユウキは曖昧に頷き、袖を捲くって腕を晒した。アルコール消毒をされ、腕がスースーしてるところに刺される。
チラリとレオンへ視線を遣り後悔した。

「何で…」

視線を逸らして思わずそう零す。幸い聞かれていなかったようでレオンは何も言わなかった。
口許を軽く抑えているとレオンは痛みに耐えていると勘違いしたのか頭に軽く手をやり、ぽんぽんと優しく叩いた。

「もう大丈夫だ」

「ありが、とう…あのレオン」

離れていく背中に思わず触れると不思議そうに振り返る。

「ううん、何でもないです」

「さあ、爆破まで時間がないわ」

絶妙なタイミングでクレアは言った。
元気になったシェリーはクレアを不安そうに見上げた。頭を撫で、銃を構えるクレアがレオンを見遣る。
視線を受けたレオンはしっかりと力強い眼差しで頷いた。

「残る脱出路は地下鉄道だけだ、行くぞ」

セキュリティールームを出る。

『間もなく爆破プロセス最終段階に移行します。速やかにプラットホームに避難してください』

無機質な女の声が放送される。あともうすぐでここも爆発してしまう。

「行こう、ここは用済みだ」

「ええ」

レオンの声にクレアは頷いた。

「さあシェリー」

「うん」

レオンの視線がユウキへと向けられる。
眉根を下げていたユウキはレオンの戸惑うような顔にすぐ表情を引き締め頷いた。
どこか寂しげに見えた、レオンの伏せられた顔が気になるのだ。
一体何かあったのだろうか、ワクチンを探しに行く途中で。
考えている暇はない。今まさに植物のような化け物がやって来ている。
それに慄いたがどうにかユウキは銃口を上げた。その銃口は呆気なくレオンによって下げさせられる。

「君はいいんだ」

レオンはそう言ってあっという間に植物の化け物を片付けた。
今のところまだユウキはまだリッカー一体と元は友人だったゾンビしか倒していない。
もう助からないと分かってはいるが簡単に命に終止符を打つことなどできなかった。
これは美談でも偽善でもない。ただ臆病なだけだ。ただ覚悟がないだけだ。
それを片付けると早足で進む。幼いシェリーがいる為に走ることはできない。長い長い廊下を早足で進む。
すると背後から脳や筋肉組織が剥き出しになったリッカーが2体やって来た。

「見送りか…ご苦労なこった」

「ユウキ!シェリーを連れて先行って!」

クレアの指示にユウキはすばやく動いた。シェリーの手を引き、エレベーターへ急ぐ。
背後から銃声が幾つも聞こえる。次々と化け物が“見送り”に来ているようだった。
エレベーターの扉が開く。ユウキは銃を持ち上げて姿勢を低くした。いつでもシェリーを守れるように。
しかしエレベーター内には幸いにも何もなかった。シェリーと一緒に乗り込み、クレアとレオンを待った。
シェリーは見てられなくなったのだろう。

「クレア、レオン早く!」

クレアとレオンは駆けてこちらへと向かってくる。その背後からリッカーが舌を伸ばすのが見えた。レオンが狙われている――!
ユウキは息を吐きながら照準をそのリッカーに合わせ、迷うことなく引き金を引いた。
脳には命中しなかったが運良くそのリッカーに当たってくれた。
2人がエレベーターに体を滑らせるのを確認してユウキはエレベーターのボタンを素早く連打して閉めた。
ゆっくりと閉まるエレベーターの扉に苛立ってボタンを思わず連打してしまうのはご愛嬌だ。
すぐ傍までリッカーは迫っていたが扉は閉まってくれた。エレベーター独特の浮遊感に気持ち悪さが込み上げてくる。
ただでさえ胃がムカムカしているというのに。口許を抑えて吐き気に耐えた。
扉が開くとすぐ目の前に列車があった。ホッと息をつく。これでここから脱出できる。

「急いで!」

クレアの声に列車へ急ぐ。

「お前は!」

レオンの声にユウキは思わず立ち止まって振り返った。
サッと顔から血の気が引いていく。3mは超える化け物が立っていた。静かな殺気を湛えて。
手の鋭い爪は殺さんばかりに輝いている。どこかで見た化け物だった。署内で見た姿と酷似している――クレアに引っ張られ、後方にやられた。

「シェリーと一緒に列車の中にいて!」

ユウキは頷いてシェリーの手を引いて列車内に飛び込んだ。
列車がきちんと稼働するかどうか調べる。少しいじり、きちんと稼働することがわかる。
電源だけでもつけておくか。すぐにでも出発できるように。ユウキはこのとき自分の友だちに感謝した。
友人が機械系統に詳しく時折教えてもらったりしていたのだ。

「シェリー、座ってて」

「ユウキ、クレアとレオンが」

「わかってる、勿論2人が来てから出発するよ」









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