ターコイズの愛みたく U
王都ミットラス。
エルヴィンをはじめとする幹部たちは、会議のために中央へと招集されていた。
季節はもう冬。12月ともなれば、南に位置するトロスト区から北上する彼らには、なかなか堪える寒さとなっていた。
「予想以上に寒いわ」
一人王都の街を歩くシェリアは、吹きつける冷たい風に、ブルリと体を震わせる。
会議といっても形式的なもので、終わってしまえば比較的自由になる時間がある。シェリアはこの日を心待ちにし、何としてもある目的を果たしたかったのだ。
それは勿論あの石、ターコイズを手に入れることだった。
給金はもともと使うこともなかったので、かなりの額があった。少しくらい値の張るものでも買えるはず。
あとはあの人に合うものがあればと、それだけが心配であったが、それも杞憂に終わり、予想よりも値は張ったものの、満足のいくものを手にいれることができた。
なのにだ。
「シェリア、お前にこれを」
王都を離れる前日、リヴァイから渡されたものに、シェリアは驚きのあまり、声を失った。
“いつも世話になっている”と、渡されたそれは、ターコイズで装飾されたブレスレット。
「以前、書庫でコイツのことを調べていただろう。興味があったと思ってな。まあ、たまたま見かけたものだったが」
「あ、ありがとう、ございます…」
彼が自分のために、選んでくれたことは嬉しかった。しかし、そこに添えられた言葉は、あまりにも素っ気なく、残酷だ。
そうか、リヴァイは自分をただの部下としか、思っていないのだな。
勿論分かりきっていたが、彼の口からそれをはっきりと聞かされてしまうと、なんともいえない虚しさがこみ上げてくる。
綺麗なブレスレットだ。
執務をするくらいなら、していても邪魔にならなそうだ。
ぼんやりとそんなことを考えていると、不意に目じりから温かいものが、零れ落ちていくるのがわかった。
「おい、どうした」
「…っ! なんでもありません! あの、これ、ありがとうございました!!」
喜んでくれるとばかり思っていた。
なのに、なぜシェリアはこんなにも悲しい顔をして、泣いているのか。
リヴァイが涙の理由を聞こうと、彼女の腕に手を伸ばすが、それをかわすようにすり抜け、シェリアは走り去っていく。
それからというもの、シェリアを追いかけ、そして逃げられ、焦りはより大きくなって、リヴァイの機嫌は降下していくばかり。
執務室でも必要以上に彼女は口を開くことがなく、リヴァイを避けているのがありありとみてとれた。
最初は何を子ども染みたことをと、笑っていたエルヴィンたちも、いよいよ心配になり、一番話を引き出せそうなハンジが、シェリアを自分の研究室へと呼び出すこととなり。
「で、渡せずじまいで、ずっと持っていると」
目の前で眉を八の字にし、今にも泣きそうなシェリアに、ハンジは呆れたと言わんばかりに、額に手を当てて天井を振り仰いだ。
しかし、何ともタイミングが悪いというべきか。
まさかリヴァイが、彼女にターコイズを贈るなど、考えてもみなかった。
しかも、普段から世話になっているお礼と言って、気軽に手渡してきたものだから、シェリアとしては、一世一代の告白と共に渡そうとしたのに、出し辛くなってしまったというのだ。
「だって、ハンジさん。ここで石の意味を兵長にお話して渡してしまったら、先に私にくださった兵長との間に、変な空気が流れるじゃないですか」
そりゃあ、渡せなくなります、と語気を強め、シェリアはハンジに詰め寄っていく。
渡したいのに渡せない。しかも今日は、奇しくも12月25日。リヴァイの誕生日だ。
今日この日を逃せば、永遠に日の目を見ることはないだろう。
「ああ、もう!! どうしてきみたちは、揃いも揃ってっ!」
「え?」
「いいから、シェリアは私に大人しくついてくる!! いくよっ!!」
何が起こっているのか理解できないシェリアの腕を掴み、ハンジは足を縺れさせつつも、必死についてくる彼女を引っ張って、ずんずんと兵舎内を突き進んでいく。
すれ違う兵士は何事かと端に寄り、今にも転びそうなシェリアを、心配そうに見守るだけ。
辿り着いたのは、シェリアもよくしる一室、リヴァイの執務室。ハンジはいつもリヴァイがするように、ノックもなしでその扉を勢いよく開いた。
「リヴァイ! 邪魔するよ!!」
「邪魔するなら出ていけ、クソメガネ。…と、シェリア?」
「お、お久しぶりです? 兵長… 「 あとはきみたちで、存分に話合ってくれたまえ!!」 … 」
僅かな沈黙の後、用が済んだとばかりに、鼻息荒く執務室を出ようと、再び扉に手をかけるハンジ。その彼女にリヴァイは、全てを察したのか、余計なことをと目を伏せ、口の端をあげて笑った。
「さて、シェリアよ。なぜお前がここ最近、頑ななまでに俺を避けていたのか、理由を聞こうか」
「避けていたわ … 「避けていたよな?」 … はい、」
いつかはこうやって理由を聞かれたのだと思えば、ここらが潮時とシェリアは腹を括る。
リヴァイも、もう逃がさないと、腕を組んでシェリアの退路を断っていた。
もうここまでだ。
「あのっ、これを…」
小さな包みを、リヴァイの顔を見ることなく、両手に乗せて差し出すシェリア。
「先日、兵長に頂いたものと同じ石なんですが。あの、今、王都で流行っていまして。お守り的な意味とかあるらしいんです。あと、あと、」
“12月の誕生石です”
リヴァイの目を見ることが恥ずかしいのか、ずっと顔を俯かせたままのシェリアは、震える声で必死に口を動かした。
何度も渡す際のシュミレーションをしたのに、いざ彼を目の前にすると、頭が真っ白になって、うまく言葉が出てこない。
こんな雰囲気も何もない、ずっと渡しそびれてしまっていた箱を、偶然与えられたただけのタイミング。
あまりの自分の情けなさに、涙が出そうだった。
「これを、俺にか?」
「はい」
「最近、俺に余所余所しかったのは、コイツのせいか?」
「は、はい…、って、そんなに私、おかしかったですか?」
バッと顔をあげたシェリアは、箱の中身をじっと見ているリヴァイが、心なしか嬉しそうな顔をしているように感じ、じんと心が温まってくる。
彼女が選んだのは、銀を土台に細工をされた、ターコイズのペンダント。もし身につけてもらえるならと、邪魔にならず、且男性がつけても貧相にならないものを、彼女は必死に探しまわった。
綺麗な碧の石だとリヴァイは思った。まるで初めて壁外に出た時に見た、どこまでも広がり抜けるような空の色。
自分がシェリアのために選んだ色は、もう少し深かったように思う。それよりも優しい、いかにも彼女が選びそうな色彩だと思った。
「誕生石、か」
「はい、兵長が生まれたことを意味する石です。
これは、」
シェリアはこの碧い石に込められた、たくさんの思いを伝えていく。
会った瞬間から、その人に全信頼を抱いてしまうほどの汚れなき魂。その魂は、多くの人々の出会いや別れを見届け、そして愛や悲しみすらも見守っていくという。
「あと、人々を安心させ、もし兵長が…、その…っ」
ここまでスルスルと淀みなく話してきたのに、急に戸惑ったように口籠ってしまったシェリア。しかし、リヴァイはその続きをじっと待ちながら、手の中で優しい色を放つターコイズをそっと撫でる。
この石は多分に良い意味を持っているようで、自分が身につけていてよいものかという気遅れさえある。しかし、せっかくシェリアが選びに選んでくれたものとなれば、より深くその意味を知り、彼女と思って身につけたいとさえ思った。
「どうした?」
すっかり押し黙ってしまったシェリアを見ると、少し悲しげな顔をして、視線を逸らしており、心なしか大きな瞳が、潤んでいるようにも見えた。
気遣わしげな目を向けるリヴァイに気付き、シェリアは慌ててすみませんと、取り繕った笑みを浮かべ、話の続きに口を開く。
「もし兵長が、心から愛する人がいらっしゃれば、魂から繋がることができて、お互いを…、唯一の相手としていくとも言われています」
だから、きっと兵長は素敵な人と、出会えますよ。
笑っているようで、泣いているようで。
そんなシェリアを見て、自惚れていいのだろうかと、リヴァイは柄にもなく、グっと手に力が入り、危うく箱を握りつぶしてしまうところだった。
その悲しげな顔は、リヴァイの想いが自分にはなく、しかし彼の幸せを祈る健気さと汲み取るに十分で、確認するよりも先に、今にも泣きそうな愛しい存在を抱き寄せる。
閉じ込めた温もりは、愛しさを増してゆき、もっとシェリアを近くで感じたいとばかりに、リヴァイは更に力を込めた。
「ありがとうな」
「兵長…?」
思いもよらないリヴァイの抱擁に、シェリアは戸惑い、パチパチと何度も瞬きをして彼を見上げると、見たこともない、彼の顔がそこにはあった。
目を細め、瞳の奥にはシェリアを唯一の愛しい存在として見つめる、優しく穏やかなリヴァイが、聞きとれるかどうかの微かな声で自分の名を呼んだ。
勘違いしそうになる。
これでは、リヴァイの想い人が自分だと、そう思い込んでしまいそうだ。
「宝石商に聞いたんだが、こいつは持ち主に危険が迫ると、身代わりになって割れちまうらしい」
先日彼女に贈ったのは、降りかかる災厄から、シェリアを守ってもらえるようにという、リヴァイの気持ちが込められていた。
それを正直に伝えるのも恥ずかしく、しかもただの上官としか思っていないのに、そんなことを伝えられても、困るだけだろうと、結果そっけなく渡してしまったのだ。
今なら、素直に自分の想いを告げることができる。
情けなくも、そのきっかけが偶然とはいえ、シェリアから贈られたこのターコイズなのだから。
「シェリアよ。俺はこの通り口がうまくねぇ。だからお前に誤解をさせちまった。お前は俺にとって、特別で大切な女だ。
だからこれからは、お前がこいつの代わりに、」
ずっと俺を見守ってくれないか?─────
そっとシェリアの耳元で囁くリヴァイの声は、舞い散る雪のように、彼女の心に優しく降り積もる。
シェリアがそばにいれば、自分は前を向いていられる。
先陣に立ち、後ろに続く兵士たちを、率いていける。
「おいおいおい、だんまりかよ」
「いや、だって…」
夢にも思わなかったといいうのは、このことか。
まさかずっと片想いで、この恋慕の心が届くなど、絶対にないと思っていたし、それが叶うなど、天地がひっくり返っても、ありえないと思っていた。
なのにリヴァイは、同じ気持ちで自分を想い、ターコイズにですら、同じ願いを込めて贈ってくれたのだ。
信じられない。今、瞬き一つでもすれば、夢とばかりに愛を囁いてくれたリヴァイが、消えてしまうのではと怖くなる。
どうすれば夢は覚めないのか。
そればかりが、シェリアの頭の中をぐるぐると駆け巡っていく。
「信じられねぇか? じゃあ、これならどうだ」
彼女の葛藤を知らずに、リヴァイはシェリアの頬に指を滑らせ、額に一つ口づけを落としていく。
次いで目元、頬にと、優しくキスの雨を降らし、最後は小さく柔らかな唇へと重なった。
そっと唇を離すと、真っ赤な顔をしたシェリアが、自分を驚きの顔で見ており、予想通りすぎたその顔に、リヴァイは思わず吹き出してしまった。
「もう、兵長…。ズルイです、そんなの。ずっと我慢していたのに、抑えられなくなるじゃないですか」
「我慢? 何を我慢する必要がある?」
「…っ。兵長を、好きな、…ことです」
愛する人から贈られることで、幸せになれるという言い伝えがあるというターコイズ。
光に充ち溢れんばかりの笑顔が、これからは自分にだけ向けれらるのかと思うと、リヴァイの心はそれだけで華やいでくる。
「じゃあ何か? 俺もお前を好きだということを、我慢しなくちゃならねぇのかよ」
「え? や、嘘…だ、」
状況はリヴァイとシェリアが相愛であると告げているが、彼女の頭はまだそれを受け入れられていない。しかし、はっきりと“好きだ”という言葉を耳にした今、本当なのだと全身がカァっと熱くなってきた。
やっと受け入れたかと、リヴァイはシェリアの様子から察し、彼女が自分から逃げられないように、腰を抱き寄せ、体を密着させていく。
「俺がお前にとって、唯一の相手だと確認が必要だと思うが、どう思う?」
「そ、それは、どういう…、ん、ん…っ」
今度は息の止まるような口づけに、シェリアはついていくのがやっとで、絡められる舌の感触は、さらに彼女の思考を奪っていく。
息苦しさに、トントンと胸を叩けば、やっとのことで解放されたわけだが、絡まる視線は熱く、彼が何を望んでいるかなど、すぐに理解できた。
「俺にとっても、その確認が必要だ」
そうだろう? と不敵な笑みを浮かべるリヴァイに、これからの自分を想像して、胸が高鳴っていく。
「確認が必要ですね」
「決まりだな」
恥ずかしげではあるが意味を察し、リヴァイの首筋に顔を埋めるシェリア。その仕草を了承のサインと受け取り、リヴァイは彼女とともに、ソファへと沈んでいく。
慈しみ合い、絆を深め愛を育む。
『ターコイズの愛みたく』
それは曇りなき心で、
愛し合う恋人の姿。
〜 FIN 〜
2019. 12. 25
Happy Birthday. Levi Ackerman
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