十年越しの I love you 〜 Valentine Day 編 〜



*俳優パロ(演技している描写はありません)
*夢主は一般人で、中学元同級生









大型施設の最上階にある映画館は、休日ともなると家族連れ、恋人、友人と、様々な顔ぶれで溢れている。前評判も良く、豪華な出演陣の作品ともなれば、当然公開当日から混み合うのも頷けた。


「やっぱり、平日にして正解だった」

本当は公開当日、一番の時間に映画館に来たかったけど、残念ながら仕事で叶わず、夜ともなれば混雑が容易に想像できたので諦めた。少々、いやかなり人混みが苦手。だから敢えてスクリーンで観なくても良かったし、いつもはレンタルや配信で一人楽しむはずなのに。


「ずっと楽しみにしてたんだから。これは絶対映画館に来るって決めてたんだもの」

映画が始まる前に購入したパンフレットの表紙を見る。顔が緩むのがわかった。そこにはずっと応援している俳優が凛々しい横顔で写っていて、本人がいるわけでもないのに、気持ちが高揚した。


リヴァイ・アッカーマン。今や彼を知らない人はいないくらいに、有名で人気のある俳優。そして私の初恋の人。俳優が初恋だなんてと言われる度に、曖昧な笑みで誤魔化しているけど、正真正銘彼は私にとって、初恋かつ現在進行形で片想い中なのだ。


「どんどん遠くに行っちゃうなぁ」

時間を遡り、懐かしい思い出に目を細める。中学三年で同じクラスになった彼とは、何度目かの席替えで隣になり、そこで初めて言葉を交わした。消しゴムを肘で弾いてしまい、床に転がり彼の足元で止まったのを拾ってもらった。


「ほらよ」

差し出された消しゴムに手を伸ばす。授業中だったけど、「ありがとう」と小さく呟いたって、理由が理由だっただけに先生に咎められることはなくて、私たちは何事もなかったように再びに正面に視線を移した。
その日は何故かそわそわと落ち着かなくて、気付けば隣の席に気を取られていた。大人びた雰囲気で、今の彼を知っているからかもしれないけど、他の男子とはどこか違っていた。ブルーグレーの瞳を時折黒髪が隠し、それを綺麗な指で払う。通った鼻筋と形の良い、男子にしては少し小さな唇。とにかく整った容姿に、女子からの人気は高かった。何度か女子に呼び出されているのを見たこともあったくらい。


「アッカーマン君、呼ばれてるよ」

一度だけドア近くにいた私は、彼を呼び出して欲しいと言われて、窓の外をみていたその肩を叩いたことがあった。振り返った顔はとても面倒くさそうで、私の肩越しに見えたであろう呼び出しの当人に、睨みつけるような視線を向けたのを覚えている。
あれは怖かった。同時に安心感が広がった。その時気付いたのだ。彼に恋をしていたことに。自覚した途端、隣の席になれた幸運に感謝した。言葉を交わせた日は幸せだった。ペアになる作業で机をくっつけた日には、もう心臓が煩くて釣られて口まで煩くなって、呆れ顔をさたこともある。


「よく喋る奴だな」

「そんなことないよ。アッカーマン君が喋らなすぎなの」

「馬鹿言え。元々俺は結構喋る」

「嘘だぁ」


他愛のない話に心躍る毎日。まだ心も体も発達途上の私には、日々大きくなる彼への気持ちを押さえる術なってなかった。兎角イベントはその心に拍車をかけ、女子も男子も浮き立つバレンタインデーの放課後、幸運にも教室に一人残っていた彼に告白しようと、勇気を振り絞り目の前に立った。

視線がシンプルにラッピングされたチョコレートに向けられ、そのまま目線があった。もう一度私の手元を見た彼の目が、まさかと予想もしなかった出来事のように、驚きで見開かれていた。途端に襲う恐怖が、針となって膨らんでいた恋心を刺し、あっという間に萎ませていく。
気まずくなって話せなくなったら、実は彼女ができたなんて聞かされたらどうしよう。だから聞かれもしないのに必死に言い訳をして、想いの詰まったチョコレートを乱雑に押し付けた。


「ち、違うの! これ、いつも助けてもらってるし、仲良くしてるし。……だから、そう! 友チョコだよ」

「……そう、か。そういうやつか」

「そうだよ。え、何? アッカーマン君、私から告白されるかと思ったの? やだなぁ、そんなはずないじゃない」

「おい、」

「へへへ、アッカーマン君はモテるものね。今日、たくさんチョコもらったんでしょ。すごいなぁ」

「……なんで泣いてるんだよ、お前」

「……っ」


今でも忘れない。情けなくて悲しくて、泣くつもりなんてなかったのに流した涙を。どう答えていいかわからなくて、鞄とコートをひっつかんで、教室から逃げ出した後味の悪さを。
次の日は週末の金曜日だったのだけど、幸か不幸か熱を出し、私は学校を休んだ。土日を挟み、どんな顔をすればいいのかわからないまま、でもきっといつも通りに話せると安易に考えていた私に罰が下った。


「突然だが、アッカーマンが転校した」

中学三年の二月半ば。卒業間近にもかかわらず、家庭の事情でやむを得なかった、だからクラスメートには内密にしていて欲しいと言っていた、なんて言う担任の話に、どうして逃げてしまったのかと後悔だけが残った。


「君が頑張ってるのを、応援するしかできないよ」


たった一言の告白を、チョコレートの箱に潜ませたけど、きっと彼はもう忘れているのだろう。


* * *


十年振りに訪れる街は、随分と様変わりをしていた。記憶にある古びた駅は建て替えられ、屋根のなかったバス停は、風よけのアクリル板まで設置されていた。


「あんな建物、なかったじゃねぇか」

記憶力はいいほうだ。おかげで台本の台詞に苦労したことはない。だからなのか、記憶にこびり付いた街並みに、俺は少々戸惑っていた。


「確かこっちだったはずだが」

これから向かう場所を確認するため、記憶とスマートフォンで開いたマップを擦り合わせる。景色は違うが間違ってはいねぇ。そう思い眼鏡越しに見える空を見上げると、今にも雪が降りそうな曇天が広がっていた。

帽子に眼鏡、マフラーで顔半分を隠し、ありふれたコートと、裾から覗くのはジーパンにブーツ。どこにでもいる男の恰好、のはずだ。俳優を生業にし、有難くも第一線で仕事を貰い、ドラマも映画もヒットに恵まれたおかげで、そこそこ顔と名は知れている。数年前まで小細工をしなくとも、誰にも声をかけられなかった頃とは、随分立場も変わった。

おそらく恋人なんざできた時には、世間は大騒ぎになるだろう。その証拠に、事務所からは行動には気をつけろと、常々釘を刺される始末だ。やましいことは何もねぇ。だが、煙のない場所にわざわざたてる輩もいるから、気をつけるに越したことはない。

だからこれから俺のすることは、もしかすると事務所や関係者に多大な迷惑をかけちまうかもしれない。だが、随分と我慢した。それも十年だ。
俺はこれから、ある女に会いに行く。いや、会えるかどうかの確証はない。大体、中学卒業間近、誰にも言わずに転校しちまった俺は、あれから一人とて連絡をとっていない。勿論そのつもりでいたが、最後の最後で心残りを作ってくれた奴がいた。

ずっと燻り続けていた答えを出したかった。もっと早くに気持ちを伝えていれば、何かが変わっていただろうかと、あの日に見たあいつの涙に後悔ばかりが胸を突く。


「会えればいいんだがな」

タクシー乗り場には数台車が止まっていた。懐古しながら街を歩くのも悪くないが、人に気付かれるのは面倒だ。騒ぎにならねぇためには、目的地までタクシーで行くのが一番だ。


「ここまで頼む」

スマートフォンを差し出して目的地を告げると、運転手はテンプレの返事をして車を発進させる。向かうは目の前で泣いたまま、会うことのなかった同級生の家。今でも思い出すと尻のあたりがむず痒くなっちまう、初恋相手というやつだった。


コートの内ポケットにある財布を取り出し、中から古ぼけた一枚のカードを抜き取った。スマートフォンのアルバムに収まっている数枚の写真もあわせ見れば、同じ人物によって書かれたものだとわかる。俳優として売れ出す少し前あたりから、毎年欠かさずに贈られてくるカードが写るディスプレイ。初めて目にした時、まさかといつも持ち歩いていたカードを取り出し、見比べてみて柄にもなく指先が震えちまった。


「お前なんだよな、シェリア」

何せ十年前の代物だ。よれて端など所々破けている。だが色褪せつつもはっきりと書かれている言葉は、何度も折れそうになった心を支えてくれた。そして毎年その言葉は形を変えながらも増え、今年で七枚目になる。癖のある丸みのある文字を、見間違えるはずもねぇ。気持ち悪ぃと周りには言われるかもしれないが、ずっとシェリアを想い続けてきた。スクリーンの俺をどこかで見てくれているシェリアに、あの日できなかった返事をいつかすることを誓って。


『新作映画公開、おめでとうございます。初日には観に行けませんが、バレンタインデーに行ってきます』


わざとなのか。あの日を思い起こさせる一文が、俺をこの街に突き動かした。伝手であいつの住所を調べれば、変わっていないという。なら、一日休暇をもぎ取って、周辺で張っていれば会えるチャンスは巡って来るはずだ。

目的地に近づくにつれ、餓鬼みてぇに緊張が増してきやがった。勢いでここまで来たはいいが、もし他に男がいたらどうする? 
そもそも俺だけが覚えていることだったら、情けなさすぎねぇか?

だが、それでもいいと窓の外に視線を向けると。


「おい、運転手! 止めてくれ!」

キキっとブレーキの音がすると同時に、体が前後にバウンドした。然して広くない住宅街の道路を歩く女の背中を追い越し停車した時、偶然こっちを見た瞳が大きく見開いた。映画よりも映画らしいシーンじゃねぇか。そこには今まさに会いに行こうとしていたシェリアが、十年経ってもすぐにわかったあいつが立っていた。


「久しぶり、だな」

「あ、え? ア、アッカーマ……っ」


咄嗟に「シっ」と人差し指を唇の前に立て、素早く首を振れば、状況を飲み込んだシェリアは手のひらで口を押さえ、無言でコクコクと首を縦に振る。目がどうしてここにと驚いていた。その顔に、こんなに可愛かったかと、中三の餓鬼に戻ったようなドキドキ感が蘇って、言葉がうまく出て来ねぇ。どんな形で再会しようと、どうせ疑問に思われる。面倒な説明なんて一言でいいはずなのにな。


「お前に会いに来た」

そして絞り出したのは、どこにでもある陳腐なお決まりの言葉だ。
突然始まった映画のワンシーン染みた展開に、扉が開いたままのタクシーから息を飲む気配がし、続いて申し訳なさそうに「お客さん」と支払いを要求された。釣りをもらう時間すら惜しく、素早く乗り込んで札を運転手に押し付け、余れば好きにしろとそのまま車から降り、再び目を丸くしたままのシェリアの前に戻った。


「もうお前には必要ねぇかもしれねぇが、十年前の返事を言いに来た。とっくの昔に忘れちまったかもしれねぇが、こいつが毎年届く度に、お前が返事を待っているんじゃねぇかって思えて仕方なかった」


スマートフォンの写真をスクロールし、さっきまで見ていた数枚のメッセージを見せると、「うそ」「どうして」と信じられないものを見るように、ふるふると、シェリアは頭を振っている。


「今日は公開した映画を観てくれたんだよな」

「なんで、」

「あ? こしてちゃんと報告してきてるじゃねぇか」


ピっと数枚スクロールしてやれば、今年贈られてきたメッセージが現れ、目の前のシェリアは顔を真っ赤にして俯いた。間違いねぇ。細いがこうして繋がりを紡いでくれていたのはシェリアだ。


「色々と話してぇことがあるし、確かめてぇこともある。だがその前に」

この街に入ってから、ずっとつけられている気配があった。どこにでもいるスキャンダルを狙ったパパラッチが、一ブロック向こうにでもいるんだろうが。
撮るなら劇的瞬間を逃すんじゃねぇぞ。
そして世間に知らせろ。リヴァイ・アッカーマンが世界でただ一人大切に想っていた女と再会し、ものにした、とな。


『好きです』

古ぼけたメッセージカードへの答えを今。




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