SWEET ACCIDENT DAY



* 運び屋リヴァイ×夢主
* ひたすら連れまわされます。







どうして想像できただろうか。自分が命を狙われる日がくるなんて。


「お前に用がある」


三白眼に目の下の濃く刻まれた隈が印象的だった。
背は少し小さいけど、サラサラした黒髪に整った眉。切れ長で鋭い眼光を放つ視線に釘付けになった。通った鼻筋に、皮肉気味な笑みが似合う唇から発せられた声は、心地よく耳に響く。耳元で口説かれでもしたら、腰が抜けてしまうのではと思うほどの色気を放っていた。

その容姿に見惚れたのも、その声に聞き惚れたのも事実。
そして運命の出会いを期待させる2月14日という、奇しくも “バレンタインデー” という日に浮かれた、数時間前の自分を罵りたかった。


突然私の目の前に現れたスーツの男の名は、リヴァイ・アッカーマン。

トランスポーター、所謂 “運び屋” と呼ばれる彼の、今回の “荷物” となった私。
正確には私が持つ母の形見のペンダントが目的で、依頼人は私の父だ。ペンダントだけ持っていくと私が騒ぐだろうから、私ごと持ってきて欲しいという、なんとも傍迷惑なことだ。



これは、世の人々がバレンタインという甘いイベントに湧く中、私に突如振りかかった災厄と恋の始まりの物語。




――――――――――
「もうっ、嫌っ!!」

「つべこべ言ってねぇで、走れ!!」


おかしいでしょ? 
車で私を迎えにきたのに、なぜか己の足で走る私たち。しかもここは滅多に車など通らない峠の中腹。

お察しの通り、その車はもうスクラップになってしまった。



その車、つまりリヴァイの愛車は、最初私の勤める会社の前に横付けされた。随分磨き上げられた車だと思っていたら、目つきの悪い、元い眼光鋭い男が寄りかかっていたことに気付いた私。目が合ったと思ったら、彼は真っ直ぐ私に近づいて、初対面にも関わらず有無も言わさぬ勢いで、私を車に押し込まれてしまった。


そこからは、映画でありがちなカーチェイスの始まり。


「リヴァイ! このままじゃ、車がペシャンコよ?! どうするの!!」


峠に差し掛かるとすぐに四方を挟まれ、気付けば車体はガードレールに押しつけられていた。窓の外にはもう崖が迫り、ガガガッと激しい振動に私は耳を塞ぐ。

本来は人を守るはずのガードレールなのに、火花を散らしながら異音を轟かせていることに、怖くて怖くて喚くことしかできないでいた。



「シェリア、こっちへ来い! 掴まれ!!」

「え?! なんで?!」

「早くしろ! 飛び降りるっっ!!」


とられそうになるハンドルを握り、リヴァイはカーブの続く峠にも関わらず、アクセルを踏んでスピードをどんどんあげていく。前方を塞いでる車の尻を小突き続けていると、このままのスピードではカーブに耐えられなくなったのか、横に逸れてリヴァイに道を譲る形となった。

スピードは尚も緩まず、このまま行けば間違いなくガードレールをぶち破ってしまう。


「どうにでもなればいいわ!」

「覚悟決めたんなら、出るぞ!」


早くしろと手を掴み、リヴァイは車がガードレールを越えて落下していく途中に、私を抱えて車から飛び出した。賭けだったのだろうか。私をしっかりと抱きしめたまま、リヴァイは山肌の現れた斜面に転がり、衝撃はあったものの、何とか無事に脱出するこができた。

勿論車は崖底へ落下してしまったわけで、愛車が落ちていくのを見るリヴァイの顔が、なんだか複雑そうに顰められた。数秒後には爆発音とともに黒煙があがり、完全に車が破壊されてしまったことを知らせる。


「お気に入りだったの?」


そう問えば、“まぁな” となんとも言えない、渋面を見せてた。父の依頼のために、なんだか申し訳ない気持ちで一杯になるが、今の私ではどうしてあげることもできない。



ここで話は冒頭に戻るわけだけど、私たちが走っている理由がこれなのだ。

いつさっきの奴らの仲間が来るかわからない。少しでも早くここから遠ざかりたかったのか、リヴァイはよろける私のことなど気にもせずに、腕を掴んで走り続けた。


息がきれる。なぜこんな坂道を走り続けなけれないけないの? 
移動手段を失くし、文句を口にしそうになったその時だった。
私たちの前に運良く通りかかった、憐れな見ず知らずの人の車。顔色一つ変えずに車の前に立ちはだかったリヴァイは、当然運転席から怒号を浴びたのだけど、そんなことはどこ吹く風。


「降りろ」


突然そんなことを言われたって、持ち主が “はい、そうですか” と素直にドアを開けるはずなんてない。

次に出るリヴァイの手段なんて、なんとなく分かってしまった。
開いているウィンドウへと腕を突っ込み、運転手の襟を掴んで引き寄せる。しかも力一杯するものだから、運転手はグエっとカエルが潰れたような声を出し、少々痛い思いをしたせいか、呆気なく彼の車を譲っていただけることになったのだ。

放り出された運転手に心の中で謝罪し、私はリヴァイの待つ車の助手席へと体を滑り込ませた。

歩いて峠を降りることを回避した私たちは、小腹がすいたので峠下の街で軽食をテイクアウトした。


「中で食べていかないの?」

「そんな暇はねぇ。リミットまでお前を送り届けるのが、俺の仕事だ」

「私じゃなくて、これでしょ・・・」


胸にかかる翡翠のペンダントが、カチャっと音をたてる。
父が心配なのは私ではなく、この中に入っている大切なデータ。ついでのように連れて行かれる虚しさに、涙が出そうになるが、泣いたって誰が慰めてくれるわけでもない。ましてリヴァイが抱きしめて頭を撫でるなんてことは、絶対にない。


「待て、行くな」

「え?」


もうどうでもいいやと、半ばやけっぱちな気持ちになっていた私の腕をグンと引き、リヴァイが自分の腕の中に、私を閉じ込めた。そんなまさかと心が躍ったのも束の間、リヴァイは抱えた私ごと、物凄い早さでビルの物影に飛び込む。それと同時に物凄い爆発音が轟き、地面が揺れた。


「チッ、油断も隙もねぇ。あっという間に起爆のトラップを仕掛けやがって!」

「起爆って、爆弾っ?!」

「移動手段をまた確保する必要がある。こい!」


一体何が起こっているのかわからない。
そして私のときめきを返せ。

そんなことはお構いなしのリヴァイは私の手を引き、爆発で騒然となっている通りに戻ると、エンジンがかかったまま放置されている車に再び私を押し込み、あっという間に走り去っていく。


「ねえ、どうなってるの?! なんでこんなに追われるのよ! まるで命を狙われているみたいじゃない!」


どんなに私が騒ぎ立てても、リヴァイの口は開かない。
何でも彼の “ルール” らしく、必要以上に “荷物” と喋ることはなく、ただひたすら依頼された場所まで、それを運ぶだけとのこと。

それにしたって酷過ぎる。
お気に入りのパンプスはヒールが折れ、ストッキングだって膝が破けていた。シャツもスカートも煤けてしまい、それでも私の隣で運転している男は、涼しい顔をして一向に気にかける様子などない。


「もう、ホント嫌。着替えたい。お腹すいた。お風呂にも入りたい」

「騒がしい女だな。少しは黙ってられねぇのか」

「リヴァイが優しくない。顔が怖い」

「俺のことは関係ねぇだろう。顔は生まれつきだ」

「・・・家に帰りたい」


ポツンと呟くと、リヴァイは一度だけ私に視線を投げ、このあと再び口を開くことはなかった。


「ふ・・・ぁ、」


眠い。この短時間で色んな事がありすぎた。私は突然襲い来る睡魔に抗えず、あっという間に夢の中へと旅立つのだった。




――――――――――
「おい、起きろ」


肩を揺らされ目を覚ました私の視界は、なぜか暗かった。目覚めたはずなのに、まだ夢の中なのだろうか。


「降りろ。置いていくぞ」


暗いはずだ。空はもう太陽が沈み、僅かに地平線の彼方に紅の名残が見える。急ぎリヴァイの後を追うと、潮の香りが鼻をついた。


「桟橋? 海?」

「そうだ。こいつに乗る。飛び乗れるか?」


軽々とリヴァイが飛んだ先は、小型のモーターボート。俺に続けと私に手を差し伸べ、手を掴むと私のタイミングに合わせて、リヴァイは腕を引いてボートへと乗せてくれた。波でグラリと揺れる足元に驚き、危うく海へと体が投げ出されそうになった私を、リヴァイは腕の中に収めてくれた。

夜の海に浮かぶボートの上で、男性に抱きしめられる。シチュエーションは最高なのだけど、如何せん状況が状況だけに、ときめく所ではない。
なんて思っていたら、とんでもない。がっしりしたリヴァイの胸に飛び込んだ私の心臓は、バクバクと脈打っているではないか。


「あ、ありがとう」

「夜の海に落ちたら一大事だ。そこに座ってろ。少し移動する」


暴れる心臓を落ち着かせながら、指をさされた場所に腰をおろしたのだけど、じっとしていると海風が体に吹きつけブルリと震える。
考えてみれば、今は2月。雪こそないが、十分に寒い季節。コートはとっくに役に立たなくなって捨ててきた。カーディガン一枚とはさすがに寒すぎる。


「こいつでも着てろ」

「や、でも、それだとリヴァイが」

「あとで熱い風呂でも入れば、問題ない。お前も風邪ひかねぇように、入れよ」

「リヴァイと一緒に?」

「お前一人でに決まっているだろう」


それはそうだと、馬鹿なことを言ってしまった自分が恥ずかしくなる。

渡されたのは、彼の着ていたスーツの上着。
パサっと肩に掛けられると、リヴァイの温もりが全身を包み、彼が私をバックハグしているようで。

しかも香水なのだろうか。とても良い匂いがして、妙にドキドキして、再び鼓動が早まっていく。

よく見れば、先程まできっちり締められていたネクタイが緩められ、ワイシャツに浮き出る胸板に、目が釘付けになってしまった。
すごく細いなんて思っていたけど、騙された。さっきも抱きとめられた時に思ったが、ワイシャツの下に隠された彼の体は、とんでもないほど鍛えられて、無駄のない完璧さだ。


夜なのに、目のやり場に困る。
そして、熱くなっていく私の心にも困る。

そんな邪な思いを抱いていると、ボートにエンジンがかかり、しぶきを上げながら水上を走り出した。

特に何を期待した訳では無いが、どこに向かっているのかと聞いてみると、意外にも答える声が聞こえ、更に意外すぎる場所に驚いた。


「ルールに反するんだがな。・・・俺の家だ」


はい、それは重大なルール違反ですね。
だって、私はあなたのことが気になり出しているのに、こんな “荷物” を運びこんだら最後、どうなったって知らないんだから。


「なんて顔してやがる。気持ち悪いヤツめ」

「女性に向かって、気持ち悪いって何よ。...あなた、モテないでしょ」

「さあな」


気にしたこともねぇなんて、ニヤリと笑うリヴァイ。
ああ、やはり皮肉気味に口の端を吊り上げて、浮かべる笑みが似合いすぎる。カッコよすぎて、こっちは死んじゃいそうだわ。

異常な状況下は、人を簡単に恋に落してしまうと、何かの本で読んだことがある。正にそれだった。


「ねえ、リヴァイがそうしたいなら、一緒にお風呂入ってもいいわよ」

「あ? お前は馬鹿なのか? シェリアよ」

「こんな状況だから、馬鹿になったのかも」

「俺は “荷物” には手をださねぇ」

「あら、あなたにとって、“荷物” はこれでしょ?」


胸元に下がるペンダントのチェーンを指で引っかけ、持ちあげて見せてやれば、リヴァイは呆れた顔で首を振る。



そう。
世間は奇しくもバレンタインデー。やっぱり運命の出会いかもって、少しだけ期待している自分がいる。

スウィートだろうとビターだろうと、甘いチョコには違いない。

甘くするもしないも私の心と勇気次第。
甘く溶け合えるかどうかは、勿論あなた次第。


さあ、早く “荷物 () ” を家に連れて行って、運び屋さん。



2020. 2. 14
Happy Valentine





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