鮮やかな想い出になっている記憶の中で、確かにあの日の事だけは思い出せる。二人だけしかしらない秘密の場所で、銀時が私に言ってくれた言葉。

「この戦争が終わったら、必ずお前を迎えに行く」

真っ直ぐな瞳で、私にそう約束してくれた。嬉しくて幸せで涙を流しながら頷いた私に銀時は優しく、でも強く抱きしめてくれたっけ。

でも結局、戦争が終わって何年経っても迎えに来てくれなくて数年前にもしかしてと不安で潰れそうになる心を抑えながら銀時を探しに江戸に出て、たまたま万事屋という所で依頼しようと訪ねて驚いた。もちろん驚いたのは私だけじゃなくて当の銀時も目を大きく見開かせて驚いた。約束の事は何も触れず、とりあえず銀時は当てのなかった私に傍に置いてくれた。けれどそれも居候としてだ。あの時の記憶は私が都合のいいように生み出した幻なのかもしれないと考えたけれど、それでもやっぱりあの日の事は確かに私の中に存在していて。確かめる為に私はそれとなしに銀時に聞くと鼻をほじりながら「…あァ?約束だァ?」と怪訝な顔で私を見た。それからの事はあまり覚えてない。悲しいのか何なのかわからない感情で万事屋を飛び出して、気付けばもう何年も前になるあの場所へ来ていた。草木が生い茂る森の前、そこを抜けたところにあの場所がある。鼻の奥がツンとして一度だけゆっくりと目を伏せて、私はそこへ向かうために、歩みを進めた。


ひとつ



森を進んでいくと、いきなり眩い光に覆われ目を固く閉じた。太陽の光じゃなくて、もっと優しいあたたかな光。一体、何が起きたのだろう。

「おい、いつまで寝てんだバカ」

「……んん」

誰かが私の名を呼んで呆れた声でため息をついてそう言った。ゆっくりと目を開ける。

「ぎ、銀時?!なん………」

なんで、と言葉を言う前に驚きで声になる前に詰まってしまった。目の前にいるのは紛れもなく銀時。…だけど"過去の"だ。ハッとして違和感を感じぺたぺたと顔を触ったり、着物を見る。

「……違う…どうして…」

「あァ?何言ってんのお前。もしかして寝ぼけてんじゃねーの?」

「…ほ、本当に銀時?」

「俺以外の誰だってんだよ。…大丈夫か、熱…はねえなァ」

おかしな事をいう私に心配して銀時は自分の手を私の額にあてて自分のと比べた。もちろん熱なんかないし、おかしくもなってない。もしかして、いや、私は過去にタイムスリップしてしまったのかもしれない。

「なんか久しぶりだなぁ…」

「はァ?つーか、飯出来たって先生言ってたから呼びにきた。ほら、早くしねえと馬鹿杉に全部食われちまうぞ。俺は先に行ってるから早く来いよ」

そう言って「ま、無理はすんじゃねーぞ」と頭にポンっとのせて出て行った。もう十何年も前になる、ここは先生がいた頃だ。ゆっくりと立ち上がって視線が低い事に気付き、やはりタイムスリップしたあの頃の私だと実感した。皆が待っているだろうそこに向かうため襖に手を掛ける。開けた瞬間にまたあの眩い光に包まれた。


ふたつ



「おい、ここやばいんじゃね?」

気付けば、和室にいたはずだったのにあの森の前に立っていた。隣にいる銀時が私に「鬼が出てきそうだよなァ、ここ」と言う。心なしかさっきよりも成長している気がする。

「鬼なんて出ないよ。もしかして銀……あ、」

手を口にあてて私はハッと気付く。「もしかして銀時、鬼が怖いのー?」とからかうように言ったこのやりとりに覚えがあったからだ。ずっと昔。これは小太郎と晋助を含む4人でかくれんぼをしてた時に、ここに入って隠れようと私が銀時に提案したのだ。

「とりあえず、進もう?じゃないとすぐに見つかっちゃうよ」

言葉を止めた私に不思議に顔を覗き込んだ銀時にそう言ってあの日と同じように奥に進んだ。しばらくして、水の音が聞こえ、二人で顔を見合わせて進んでいく。同じだ、何もかもすべて。

「……まじかよ」

森を抜けると私が予想していた通り、村を見渡せる丘のような場所に出た。雄大な夕陽が沈んでいくのが見渡せて、隣にいる銀時は目を見開いて驚いている。もちろん、私の同じ様な反応をあの時はしていたと思う。

「あいつらには秘密だな」

「先生にも。二人だけの秘密にしよう」

あの日と同じ会話をもう一度繰り返す。少しだけ懐かしさに涙が零れ落ちそうになったのを堪えて。それからこの場所は、辛い時、一人になりたい時、何かに負けてしまいそうになった時、逃げるようにここに来た。いつも私が何も言わずここに来て、銀時がここに探しに来てくれて見つけてくれて。それが何より嬉しかったのを覚えてる。言葉にはしなかったけれどいつも見つけてくれてありがとうと心の中で思っていた。


みっつ



「……ここにいると思った」

私はあの場所で座っていて、村を見下ろして夕陽を見つめながら静かに泣いていた。どうして泣いているのかはわからない。振り返ると銀時がひどく心配したように息を切らせながら私に近付いてくる。

「先生は、今もどっかで俺らの事見てくれてる」

「…………」

「だから、んな泣いてる顔見られたくねーだろ?…お前には笑っててほしいんだよ。俺も高杉もヅラも。なァ、これからは」

「俺がお前を護るから」そう確かな声色で私を包み込むように強く抱きしめて言った銀時。抱きしめる腕はいつの間にか男らしい腕になってて、銀時も男なんだってわかってはいたけど改めて実感したっけ。これは、松陽先生がいなくなった日だ。私はどうしたらいいかわからない悲しみを抱えて飛び出してここに来たんだっけ。その時の銀時の力強い言葉に胸が高鳴って、いつの日か私は銀時の事が好きなんだってヅラに気付かされた。それからなんだか恥ずかしくなって銀時を避けたりして、色々あったけど銀時も同じ気持ちでいてくれてる事がわかって嬉しくて泣いた。もちろんそれも、この場所で。ここは私の想い出そのものだった。


よっつ、いつつ、むっつ



また時を超えて瞼をゆっくり開けるとまた同じ場所にいた。だけど着ている着物が違う。また少し成長したみたいだ。隣にいる気配に気付いて見ると刀を腰に下げて真剣な眼差しで景色を見下ろしていた。でも穏やかでなく、戦火に燃える村を。悲痛を。叫び声を。

「俺ァ失うばかりで何も護れちゃいねェ」

静かに言葉を吐いたけれど、声色には悔しい気持ちが十分に伝わった。攘夷戦争。この会話も覚えがある。この会話がここで銀時と話す最後でそれ以来一度もここへ来る事はなかった。

「最後だ。お前は荷物まとめて西に逃げろ。ここはもうこんなありさまだ。仲間も日ごとに減ってく。お前だけは、失いたくねえんだ」

そう言った銀時の表情は酷く辛そうに歪んでいて。その時、初めてみた。こんなにも銀時が泣きそうな顔をしているのを。私はたまらなくなって抱きしめたんだ。そして言った。

「私はどこにもいなくならないから。だから、負けないで。お願いだから、また会いに来て」

泣きそうになるのを堪えて抱きしめると銀時は私を向き直させるようにして真っ直ぐな瞳、で……

「この戦争が終わったら、必ずお前を―――」

その声を最後に急に襲ってきたあの眩い光に包まれるようにして目を閉じた。もうタイムスリップはしないと、わからないけれどどこかでそんな気がして。あれがきっと最後だった。何故私が過去にタイムスリップしたのかはわからないけれど、もしかしたら神様か誰かが何かを変えさせようとしたのかもしれない。だけど私は全く同じ時を歩んでしまった。あの時、銀時の傍を離れなかったら良かったのだろうか。そんな約束はいらないから、ずっと一緒にいてと頼んだら良かったのだろうか。そしたらあの日の約束に縛られず、銀時の傍にいれたのかもしれない。


ななつ



「おら、どこで寝てんだお前は」

頬を優しく叩かれて瞼を開ける。目を覚ましたそこに、いつもの着流しをきて木刀を差している現在の銀時がいた。辺りを見渡すと薄暗い森が広がっている。

「なんで、銀時…」

「どうせここにいんだろうと思ったからだよ。ったく面倒かけさせやがって」

「……………」

「ほら、行くぞ」

どこに、と聞こうとしたのをやめた。元来た方とは別の森を抜ける道を銀時が見ていたからだ。黙って私は銀時の一歩後ろを付いていく。少し歩くと森を抜けて、昔と少しだけ変わったけれどあの場所は確かにそこにあった。

「…約束、忘れるわけねえだろ」

前にいる銀時はそう静かに言った。突然のことに驚きつつも私は言葉を紡ぐ。

「なら…っ!ならなんで迎えに来てくれなかったの?!ずっと待ってたのに!どうしてとぼけたりしたの…?!」

涙が溢れるのを気にせずに銀時の着流しを掴んで訴える。俯けば涙が零れ落ちて地を濡らした。

「……すまねェ」

「私の事、好きじゃないならそんな約束――」


言い終える前に私の口を銀時のそれで塞がれた。抱きしめられる事はあってもキスなんてされたのは初めてで。驚きと色んな感情が混ざって目を見開く。

「俺は確かにお前との約束を破った。けど、忘れてた訳でもお前が嫌いになった訳でもねェ」

「じゃあ、どうして……」

「俺は弱い。護る事も出来ず死んでいった仲間を見届ける事しか出来ず、先生の愛した国を護れなくてどうしようもねェやつだ。もっと胸張ってお前を護れるようになったらお前を迎えにいこうと決めてた」

「……………」

「そしたらお前は訪ねてくるしでびびったよ。あん時のことも何も言ってこねえから忘れてるもんだと思ってた」

「だって銀時も何も言わないから…」

「あァ。ごめん。だから急に言われて焦ったからわざと覚えてねェふりした」

「…昔も今も、馬鹿なまんまだよ銀時は」

「あァ。違いねェな」

私が笑うと、銀時も柔らかく少し笑った。私が言う言葉に頷いて、私たちの間にいつの間にか出来ていた壁が徐々に融けていくような気がした。銀時が私の名を呼ぶ。

「先生が死んだ時から俺の意志は変わらねえ。これまでもこれからも、俺がお前を護る」

「………うん」

「だから、お前の全てを俺にくれねェか」

それは今までに聞いたどの言葉よりも胸にすとんと落ちてきてそこからあたたかく広がっていって。その言葉の意味を理解するのに時間は掛からなかった。今までここで過ごしたどんな時よりも幸せだった。手を繋いでまた唇を重ねて。もしかしたら私が過去を旅したのは何の理由もなくて神様の暇つぶし遊びだったのかもしれない。でも神様は他のどんなものよりもかけがえのないものをくれた。


s e v e n t h h e a v e n



アタラクシア」様に提出
20110611