知ってましたよ。分かってました。俺と付き合っても、一緒にいても、あなたが白石部長を忘れられてないことくらい。
だって俺はあなたのことを
「…こんなにも大好きなんですから」
大好きだから、知っている。あなたは白石部長を選ぶことを。彼が待つ教室へ向かう彼女の後ろ姿を、俺は黙って見送った。
もう終わりだ。
分かっている。
それでも、出来ることならば。
運命を、変えたいと思った。
手に持つのはバッグにたまたま入っていた未使用のピアッサー。今ここで、六つ目を開けたら、運命は、未来は変わるだろうか?
そんな迷信、端から信じていないのに、そんな迷信にすがらなければならない程、俺は悲しみの渦に溺れていた。
恋未先輩、大好きです。
きっと、ずっと、一生。
変わることのない、あなたへの愛。
ピアッサーを耳に当て、あなたを想う。瞼の裏にあなたの笑顔を浮かべて、現実から逃げるのだ。
「未来を、変えちゃうの?」
夕焼けの屋上に、透き通った声が響く。どくん、と。激しく波打つ鼓動。振り返るものも、夕焼けの眩しさに一瞬目が眩む。しかし視界には、彼女がいた。とても悲しそうな表情で立っている、恋未先輩がいた。
「せん、ぱい…」
違う。
違う。
一瞬でも期待をした俺は、愚かだ。
彼女は白石部長の元へ向かったのだ。この目で見たのだ。間違いはない。だからきっとこれは、俺に別れを言いに来た、それだけ。
「白石の所に、行ってきた」
「…そうですか」
ほら、やっぱり。
本当は、もっと早くに彼女を手離すべきだった。付き合っていた頃、互いに好き合っていたのだと二人が確認したあのときに、俺は背中を押してあげるべきだった。
「先輩が行ってしまうと、思ったんや」
「行かないから。私はずっと光の側にいるか ら」
俺は自分のことだけを考えて先輩を縛り付けた。二人が想い合っていることを知った上で。
「もし一位になったら、…俺と、ずっと一緒にいてください」
俺は彼女とずっと一緒にいたいがために、不条理な約束をこじつけた。俺の発言に彼女が揺らいだことも知ってる。それでも、繋ぎ止めたかった。口約束でいいから、「証」がほしかった。
ズルをしたから、バチが当たった。卑怯な俺への当然の酬い。そしてこれが、在るべき姿。
最後に、あなたの背中を押したのは、俺が、あなたを愛しているからです。
あなたの幸せを、誰よりも願っているからです。
「白石の所に行って、伝えてきたよ」
彼女は悲しそうに、そして愛しそうに、言の葉を紡ぐ。よかったですね。あなたの幸せは俺の幸せです。
「光が好きって、伝えてきた」
静寂に包まれる屋上。
カラスの鳴き声が、遠い。
頭の回転は人より長けているだろう俺が、彼女の言葉を理解するのには長い時間を必要とした。込み上げてくるのは喜びではない。驚きと、それから、怒り。
「何…やってんねん…!」
先輩は、白石部長のことを大好きやった。ずっとずっと想い続けていた。俺の隣にいるときも、俺と話しているときも、俺に抱かれているときも、先輩の心の中にいるのは白石部長だった。
「あんた、白石部長のことどうしようもないくらい好きやったやろ!ずっとずっと、忘れられんかったやんか!白石部長も、ずっとあんたのことが好きやったんです!せっかく、白石部長と、結ばれるチャンスを…あんたは…っ、っく」
俺なんかのために、捨てるんですか。
本音と怒りを言葉にすると、涙が零れた。俺は、駄目やな。怒鳴りつけては泣いて。何がしたいのか、分からない。違う、俺は。俺はただ、先輩に幸せになってほしいだけ。ただ、それだけなんや。
「私は昔、白石が好きだった」
脱力した俺の身体を抱き締めるのは、俺が唯一求める人の温もり。
「そして今、私は光が大好きです」
またこの温もりに、甘えて良いのだろうか。からん、と。手に持っていたピアッサーが、音を立てて地面に落ちる。彼女の背に腕を回し、涙を流しながら俺は誓うのだ。
「恋未先輩…、大好きです。誰よりも、何よりも、大好きです。…っ、愛してます」
あなたを、一生愛し続けると。
僕等は愛と呼んだ。
- 1 -