ラケットバックを置いて、正面の席に誰も座ってないことをいいことに蔵が腰掛ける。
頬杖をついて、問う。
「…で、どうするん?」
「なにが?」
「いや、その、返事」
「あぁ、ん―…、」
友達からって書いてあるし、ウチは別に――…。
「ええかなって」
「…は?」
「オッケーしようかな」
やって、構へんし。
「な、なに言うてんねん!」
しーん。
蔵があまりにも声を張るもんやから、教室が一気に静まった。
みんなの視線が、痛い。
「俺は絶対許さんからな!っちゅーかアカンて!そないなどこの馬の骨とも分からんヤツに柚を譲れるわけないやろ!」
あ…そうやん、蔵は中身まで見とらんやった。
ちょ、勘違いしとるて。
「蔵、あの」
「こんなことなるならこん前言っとけばよかったわ」
…あれ?何の話やねん?
「薮内徹平て仲良うないやろ!あかんやろ、そない簡単に婿を決めたらあかん!」
…いや、婿ちゃうし。
「ごめん蔵、えっと…ウチが言ってるのは友達になるっちゅーこと、なんやけど…」
「え、」
「………。」
「………。」
みるみるうちに、蔵の頬が赤く染まる。
うわ、珍しい!蔵が赤くなっとる!
「…俺、むっちゃ恥ずかしいやん」
「うん」
「…柚の説明不足があかんねんで」
「うん」
「…なんでそない嬉しそうなん?」
「蔵が可愛くて」
「毒手喰らわすで?」
「ゴメンナサイ」
嬉しい嬉しい蔵の勘違いで、さっきまでの悲しみは飛んでいった。
やって、理由はどうであれ付き合って欲しくないて、思ってくれたんやから。
「今日も部活あるけど、疲れ残ってへん?」
「大丈夫やで。今日も頑張らな」
「謙也がおらん分、頑張ってな」
「あぁ、謙也のブランクを埋めなあかんしな」
「謙也…元気かな」
「天国でも、走りよるんやない?」
「ふふっ、せやね。ウチらは謙也のこと、忘れんでやっとこな」
「あぁ、勿論やで」
全国大会、見守っててな。
一生忘れんからな、謙也。
「死んどらんっちゅー話や!勝手に殺すな!」
「あ、謙也」
「生きてたん?」
どうやら謙也くんは生きていたようです。
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