――…月が、綺麗や。
今宵は満月。
小さい頃、月では兎たちが餅つきをしているんやって心底疑ってへんかったなぁ。
月に兎が住める筈ない。
餅つきなんて出来る訳ない。
成長して知識もついて、そんなことに気付いたときやった。
ひょんなことから真っ白で小柄な子に出会った。
ぴょんぴょんどこにでも跳んでいって、純粋で、寂しがりで、甘えたがりな、可愛い可愛い兎を見つけてしまった。
俺だけのキミにしてみせる。
絶対捕まえたる。
捕まえたなら、逃がさへんからな。
「蔵、どうしたん?」
「ん。ちょっと、な」
考えごとや、と付け加える蔵は穏やかな笑みを浮かべとった。
…なんやろ?嬉しいことでもあったんやろうか?
夕食も入浴も終わって、ウチらは庭の石段に腰をかけてたわいもない会話を交わしていた。
っちゅーか、ごっつ綺麗な庭や思って近寄ってみたら蔵がおったんやけどな。
満月の映る池が、風流で。
今日は、ほんのちょっと。いつもよりほんのちょっとだけ、蔵に近寄って座ってみた。
「せや、柚」
「ひぇっ!あ、はい!」
「…なにびびってるん」
「や、ちゃうくて。……明日の謙也の朝ご飯になに仕掛けてやろうか考えてただけや」
ほんまは蔵との近い距離にドキドキしてたんやけど。
そんなん絶対言えんから。
「謙也、なぁ」
「?…どないした?」
謙也がどないしたんやろ?
「謙也のこと、どう思っとるん?」
「へ?どう…って…。謙也は―――……、」
なんでこないに真剣に見つめて来るんやろ。
「謙也なぁ…」
ヘタレやしヘタレやしヘタレやし…。
もう存在自体が、
「ヘタ、」
「ヘタレ以外で答えなあかん」
…バレとりますか。
「うーん…謙也なぁ。ヘタレやし不器用やけど、いっつもウチのこと心配してくれてな。無駄に鋭くてお節介もあるけど、いいヤツや」
「あぁ…分かるわ」
嫌いやない、むしろ…
「好きやなぁ」
「…!」
「あ、勿論、友達としてやけどな」
にこにこして蔵を見上げると、何故か切なそうに手を握られた。
あれ?……あ、れ?
なんかウチまずいこと、言ったんやろうか?
「あかんで」
「え?あ…なにが?」
「好きなんて、簡単に口にしたら、あかん」
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