白兎を追いかけて | ナノ


「なんで嘘なんか…、ん!?」


驚く暇もなく言葉は紡がれた。

光くんの、唇によって。


近かった距離は引き寄せられて0になっていた。上半身裸も同然の光くんに抱き締められて、再びキスをされている。



「やぁっ…嫌や!」

「抵抗したって無駄です」

光くんの片手がウチの利き手を掴み、もう片方の手が後頭部を押さえ、逃げられんように押し付けるようにキスをしてくる。


蔵以外の唇なんて嫌や!
蔵以外とキスしたない!

離して離して離してっ!


「ひかっ、……んぅ!」


お願いやから…、お願い。
これ以上蔵に後ろめたい思いを抱きたくない。
蔵を遠くに感じたくない。

せやから、やめて!



「くら、…く、…ら」

「………っっ」


蔵の名前を呼んだ。助けて、と願いながら呼んだ。
せやけどそれは光くんにとってひどく逆効果やったらしく。


「んんっ!…やぁ…ンっ」


光くんの舌がねじ込まれ、ウチの口内に侵入してきた。
…嘘や。舌までいれてくるなんて、こんなん…ほんまに取り返しつかんようになる…!

唯一自由な左手で懸命に抵抗するけど、光くんの言葉通り無駄のよう。光くんはビクともせんし効果が全くない。


「ひか…く、やめっ…」

「先輩、幸せです」

「んやっ、ぁ…ふぁ」


執拗に絡んでくる舌に、ジタバタするけれども。抵抗をすればするほどに呼吸が苦しくなる。
意識もぼんやりとして…あかん。



嫌なのに、嫌……なのに。
抵抗する力がない。

男の子の前やと、ほんまに無力なんだと知った。スーパー少女や言うても、ただの女の子や。


「ン…ゃ、…ッッ」

「やっと大人しくなって来たですやん」


くちゅ、ちゅるっ。

生々しい唾液を巻き込む音が響く。もう光くんの唾液なのか、ウチのなのか、分からへん。
あぁ…ちゃうか、混ざり合ってんのか。



抵抗する意志を一瞬喪失した際に、古びた扉の音が耳を掠めた。





  嘘、うそ。


……まさか。


悪いことは重なるもので、この光景を絶対に見てほしくない人がそこに立っていたのだ。
視界の片隅には愛しき人が、こちらを見ている。


嫌や。嫌や、嫌や。

お願い蔵、見らんといて。



「…………………柚」



あんな哀しげな蔵をウチは見たことがない。




目尻から、涙が零れた。
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