白兎を追いかけて | ナノ





チャックに手をかけられ、ドキリとした。
自分で言い出したことに…心の準備が出来ていないなんて。


遠くから聞こえる声も、波の音も、今は綺麗にかき消されていた。耳を支配するのは徐々に開かれるチャックの音だけ。


「なんか…やらしい気持ちになるわ」

「ウチも………なる」


たったこれだけの動作で、こんなにもドキドキして。

中に着ているのが水着だからか。たった二人の世界だからか。ウチが蔵に抱かれているからか。

脱がされるということがこないにエロいなんて……。


チャックが全部下ろされ、蔵の右手がするりと中に入ってきて優しい手つきでゆっくりと脱がされる。
ときどき蔵の手が肌に触れて、何度心臓が跳ねたことやら。



「終わったで」

「ん、ありがと」

「………、なぁやっぱりもう一回パーカー着らん?」

「え、なして。やだよ……こんなに蔵が近いのに。パーカーに邪魔されたない」

「せ、せ、せやな!柚の言うとおりや。(言えへん言えへん、もう我慢の限界やて理性が朦朧としてるなんて言えへん!)」


なして蔵の肌はこないに白いんやろうな。アウトドアスポーツのくせに、なしてや。

だけどウチはこの引き締まった綺麗な体を抱き締めるのが大好きで、…いや、筋肉ついてて綺麗やったら誰でもええってわけじゃないで。とにかく、蔵の体が大好きなんや。


(好き、好き、好き、好き)

ぴっとりとくっついていると頬に軽いキスを落とされた。反射的に顔を上げると、その隙を狙って蔵はウチの首へ顔をうずめた。


なにごとかと思ったのも束の間。

ピリリッとした痛みが首元に突き刺さった。


「っ!」


え、ちょ…これなに?

初めての感覚。なにが起きたのか確認できる位置ではなく、ただひたすら驚いていた。


「なにしたん!?」

「害虫除け」

「……はい?」


「ほな戻るで」

「え、やだやだっ!まだ蔵と離れたない!まだこうしてたい!」

「………っっ。あかんのや。ほら、戻るで」

「蔵はウチの願いも我が儘も、なんでも聞いてくれるて言うたやん!」

「ほな犯すで」

「……っえ」

「俺は我慢もしきらんしょうもない男なんや」

「…………。」


しょうもない男なわけない。
ウチの世界一の王子様やねん。


ええのに。もう…ええのに。


(もう蔵の好きにして、ええのに)



首元の地味な痛さがまだ鈍く残っていた。
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