「柚、起きぃ」
「……んー」
「暗なる前に帰らな」
「…んーぅ」
ほんの少し揺らしてやって出来るだけ優しく起こしてやる。
誰でも寝起きは不機嫌やし。
「帰るで柚。…柚さーん」
「ん〜…」
あかんな。
担いで帰らなん気がして来た。
気持ちよさそうに眠る柚をたたき起こせるはずがない。
(……しゃあない。)
抱きかかえようとしたとき、柚が目をこすり、顔を上げた。
「……蔵だ」
「おはようさん。やっと起きたか」
「……蔵だ」
「せや。柚の大好きな蔵ノ介やで〜」
なんて言うといつもはアホ!と突っ込みが入るか赤面をするか。
今日は違ったらしい。
っちゅーか、変なスイッチが入っていた。
「蔵ノ介だ〜〜っ」
満面の笑みを浮かべる柚は有り得ないことに抱きついて来た。
「は?…は、…え!?」
明日は雨か?台風か?
大車輪山嵐なのか?と真剣に、とてつもなく真剣に考えた。
いつもの様子でない柚にフリーズすることしかできない。
(こんなんいつもの柚ちゃう!)
嬉しいんやけど、断じて嬉しいんやけど。何か変な物を食ったんやないかと本気で心配した。
「ほんまに夢に出てきたー。夢ん中でも蔵ノ介はかっこええわぁ」
ペタペタと俺の顔や体を触る柚。
その目は虚ろやった。
夢ちゃうわ、リアルに決まってんやろ。
そう告げようとした直前、柚が頬擦りをしてきたことで思わず口を噤んだ。
せや、柚は寝ぼけてこれを夢や思うてる。
ってことは、いつもは照れてしきらんことも自分だけの世界やからとしてくれるはず。
(……よっしゃ)
口の端がニヤリとつり上がった瞬間やった。
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