白兎を追いかけて | ナノ




蔵の表情があまりにも真剣やから、皆は何事かと一気に静まり返った。

マイクを持ったまま、真っ直ぐに見据えていた。


(…どないしたんやろ?)

首を捻るウチを含む皆は、この後の蔵の発言にとてつもなく衝撃を受けることになる。





「すんません。
むっちゃ好きな子出来たんで、報告させてもらってええですか?」



(…………。)


「え、」


「ええええええええぇぇぇええ――!」


四天宝寺に、大きな衝撃が走ったのだ。



それは彼のたった一言。

そこら辺の奴らが適当に言ったって、あっそで済まされるそんなこと。

彼の場合は、四天宝寺女子にとって、一大事なのだ。



「最近やっと想いが通じて嬉しいんで、ほんまにむっちゃむっちゃ嬉しいんで、報告させて下さい。すんません」


なに爽やかに笑っとるねん!

ウチは冷や汗ダラダラや!


こんな場所でなんっちゅーことを言ってくれるんやねん!むっちゃ恥ずかしいねんけど!



「俺の大好きな彼女のために歌います。柚、聞いてくれや“クチビル”」


柚と聞こえた瞬間、凄まじい声が響いたけど、それは音楽にかき消された。


恥ずかしいけれど、嬉しい。

この複雑な気持ちはなんやろう。


とりあえずウチは蔵に釘付けで、一秒たりとも目が離せんやった。



「惑わせるほど危険なその笑顔で
不埒な僕を掻き乱すからいつも抜け出せなくなる」


逆やねん、逆。

蔵の優しい笑顔に抜け出せへんようになったのはウチや。


「悪戯なクチビル重ねるたびに分からなくなる
抑えきれないまま揺れる心で強く抱きしめたけど」


蔵のクチビルの感触が、抱き締められたあの感覚が、今でも鮮明だ。

そして今、とても欲している。


蔵に、触れたい。

絡み合った視線に、甘さを感じた。


「欲望が渦巻いた機械仕掛けの摩天楼
白く霞んだ恋いに手を伸ばして捕まえるよ全てを」



ウチは蔵に捕まってしまったのやろう。


罠に掛かった兎は、逃げる術を知らんから。

このまま君に、捕まっていたい。
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