「きゃー、跡部さまっ跡部さまっこっちむいてえ」
「‥あん?」
間延びした声がリビングに響いた。と、思えばいきなしフラッシュをたいたカメラが俺を捉える。ぱしゃり、乾いた音がした後に隠れていた女が姿を見せた。
「もう少しやる気出して黄色い声が出せよ、」
「残念ながら」
「出せ」
「無理仰い」
懐かしいでしょう、にっこりと寝癖のついた頭で笑うと、撮った写真を確認すべくデジカメに貼り付く。女なら寝癖位直してからにしたらどうだといいたくもなったが最近は口うるさくする気もなくなった。愛想を尽かしたのではなく、そのほうがらしい、と思ったのだ。
「お前も跡部だろ」
「今はね。昔は当然違ったし。こういう風に取り巻きの女の子達が―‥」
「お前、今何時か知ってるか」
「昼」
「‥そうか」
そんな寛大な思考が出来る様になった自分に少し後悔したのも最近だが。休みにも、こう堕落したのが許せないものだからこいつが起きるまで新聞やら詩集を読んでいたがそれも読み潰して、今日にはましてや届く電報や祝電やらに目を通し終えていたからちょうど良い。立ちっぱなしのついでに電報などを捨てる様に頼めば、珍しく快く引き受けてくれた。それをぱらぱらと一通り宛名を見た後。
「‥社長様へ本日の善き日を心より‥って書いてある」
「捨てろ、」
心も籠もってねえもんは只のゴミだからというのを一番教えてくれたのはお前だろ。コーヒーを片手に悠々戻ってきた姿を見て、両手を広げて促すと照れながら足の合間に座ってみせた。相も変わらず俺にだけはこうして悪びれた口を叩く所とか、鈍感そうで相手を把握していたりとか、今日は余計に強く腕を腰に回してきたものだから、これは何らかのサプライズだと受け取っていいのだろうかと思考を巡らす。
「けーご」
「発音が敬語、に聞こえるのは気のせいか」
「間違えた、景吾」
「雰囲気が総崩れしたな」
「‥‥おめでとう、」
「‥‥‥」
「今日は景吾の誕生日です、っで、でもね、その、プレゼントなんだけど」
「要らねえよ、」
「え?」
「物はいい」
多分ここ最近の母の束縛のせいで何処にも出掛けられなかった事も、含めて考えてみるとプレゼントを買えなかった事にずいぶんと思い悩んでいた様だから、そういってやると安心したのか胸板にこてん、と頭を預ける。
それも兎も角、欲しいものは今年の七夕にお前自身を先だって貰っている、と寒い台詞は思ってこそ口にする積もりは毛頭ない。言わなきゃあ分かんねえ事、そんなもんだって本当はあるはずがねえんだ。本当にいいたい事は口にすら出来ねえし思いも出来ない、伝えようと思考すればするほどにそれは誇張され劣化し、褪せる。だったらいっそ意味が無いんだよ、哲学めいているとでも捻くれているとでも、構わねえ。
「‥家で食いてえな」
「駄目だよ、お義母様方が食事会楽しみにしてるし」
「お前は二人で居たくねえのか、あーん?」
「‥‥」
「おいお前」
「さ、三人になるのも、いいよね」
「‥‥‥‥‥」
「、やだ?」
「フン」
「笑わないでよ!」
「笑ってねえよ、それも悪くねえと思っただけだ」
来たるべき、時が来るまで。
20091004