「三成はヌシのことを好いておるのよ」


なんかこの台詞と似たようなことを一度聞いたことがある。
そうそう、あれは石田くんが大谷くんのフォローをいれてきたあの日の台詞。


「馬鹿言わないで」
「ヒヒヒッ‥そうでなくては、なにゆえ親切心を出したヌシの兄に楯突いたのか、分からぬ、ワカラヌ」
「あの松永久秀だからかね、反感買ってるよねーあの人」
「佐助くんそう思う?」
「まあね、それでもそのシチュエーションで殴りかかったって言うのは‥」
「好いておるよなあ」
「大谷くんを悪く言われたからだと思ったけど」
「いやイヤ」
「石田の旦那は、疎そうだねえ」


放課後の図書館、そして金曜日。開放的の何者でもないこの緩やかな時間帯に持ちきりなのは石田くんの話題。それから。


「まーた間違えてる、る・らるの意味言える?」
「受身、‥‥‥‥‥」
「受身と自発と尊敬と可能。ここは受身を使う」
「あー」
「間に合わぬ、その調子では。不幸よ、ヌシに不幸が舞い降りる」
「大谷くんまじ黙れ」


テスト勉強。
佐助くんが古典、現代文、大谷くんが日本史を教えてくれる。こういうとき図書委員という立場は便利なもので、常連の顔を覚えておけばこうしてうまく行けばテスト対策に協力して頂けるというメリットを生み出すのだ。コミュ障なのだが馴れればとことんなれ合うのも、わたしの悪い所だとも思っている。しかしまあ、自分のためになっているからよしとしよう。


「島津さん簡単なテストにしてくれないかなー」
「あー、あんまり期待できないね。毎回厳しめの作るし」
「‥‥はあ」
「ほら、あと単語だけ覚えたら終わり。終わったらコンビニでお菓子買ってあげるからさ」

「いよっしゃあああ!」
「ヌシはこやつの扱いを心得ておるよな」
「真田の旦那に似てるからかな、お菓子が好きな所とか」




確か佐助くんは入学間もない時に知り合った。
なにがきっかけだったか。
確か、真田くんの机の中身がバラバラになったときに拾ってあげたときからかな。そして私の知人友人の中でも数少ない常識人というポジションに至る。真田くん思いの(妙な表現だが)おかんのような人だ。面倒見がすごく良い。


「よし終わり」
「おめでと」


お菓子を動力源にヤマを張られた単語を自分でも驚くほどの速度で片付けることができた。


「明日は大谷くんね」
「その粗末な頭に幾ら詰め込めるか、見ものよなぁ」
「粗末でもテストに間に合わせなきゃいけないから、分かり易くね。本当に賢い人は教えるのも上手な筈なんだから」
「教えを乞う立場には聞こえぬな、まことに」


今日もよく勉強した。
さて、あと経済と生物は自分でやるとして‥。英語を教えてくれる人を探さないと。誰かいないかな、英語出来る人。


「ねえ、英語教えてくれる人知ってる?」
「なら竜の旦那とか」
「‥伊達くん?」


「あとは三成よ、やつは何でもできるゆえ」


伊達くんか石田くん。
なら断然石田くんだ。伊達くんはだめ、何か五月蠅い。あとお付きの片倉先生が煩わしい。
それなら大谷くんが太鼓判を押した石田くんのほうがまともに教えてくれそうだ。


「じゃあ、明日よろしく。ばいばい」
「あいわかった、叩き込んでやろ。逃げるな」
「大谷くんもね」


出口で大谷くんと別れた。かれは学校からほど近い一軒家に、一人で住んでいる。近くなら遅刻しないだろう。羨ましい限りだ。
さてここから駅のコンビニまで佐助くんと一緒。何買って貰おうかな。




* * *





「佐助くん。アイス食べたい、スイカバー」
「はいはい」
「あー、疲れたあ」
「こっちの方が疲れたけどね?」

「‥‥。そういえば、最近真田くん見ないね」

「はぐらかすな。今大会中。明日から俺もね」
「ふうん、‥がんばって。」
「‥」
「‥なに‥?」
「いや‥別にー」


何だか急に上機嫌になっていたので、スイカバーの下にブラックサンダーも入れておいた。多分気づいているだろうけど、何も言わないあたりいいのだろう。
袋ごと品物を貰ったときに、中身がまたひとつ増えていることに気が付いた。わたしの好きなガムが入っていたのだ。


「ありがと、佐助くん。ガムも、なんか悪いね」

「‥えーと、最近何かあった?」
「べつになにも?」
「‥調子狂うから急にやめ‥いや、気づいてないならいいや‥」
「?」
「じゃあね、」
「うん、ばいばい」


佐助くんは心なしか疲れているような、それでいて、喜んでいるような。不思議な表情で改札の向こうに消えていった。
さて、わたしも帰らないと。そう思って先程買って貰ったスイカバーの封を開けて歩き出したとき。丁度会いたかった人物がこちらに向かってきた。




「あ、石田くんだ。部活帰り?」
「ああ、松永はまた図書館か」
「名字やめてよ、何か久兄が呼ばれてるみたいだから」

「何故駅前に‥、貴様の家は向こうだろう」
「今友達と別れたとこだったから」



「‥」
「‥‥どうしたの?」



石田くんがいつもより小さく見えた。何故、だろうか。何か、わたしにいいたげなのだけれど、言いかねている。前と同じだ。雨の日のあのときと。こういう時は待って、本人が言えるようになるまで気を長くするのがいい。溶けそうなスイカバーを一口かじって、改めて石田くんを見上げた。

「‥」
「‥‥」
「私が」
「‥石田くんが?」
「英語を教える。私が勉強しろと言ったからな、責任を取ってやる」


責任?
いや、まあ学生だから勉強はしなきゃいけないからいいけど、責任なんか取らなくたって。
ただそう言ってしまうとせっかくの申し出になんだか水を差してしまうような気がしてならない。
大方大谷くんがそそのかしたのだろうし(好きだの、惚れているだのという下りは彼が言い出しっぺだから)、わたしはまあ、お陰で勉強を教えてくれる人を手に入れたのだ。大谷くんに爪先位は感謝しよう。


「ありがとう」
「‥ああ」
「日曜日空いてる?お願いしてもいいかな」
「構わん」
「‥あ。連絡先知らないや。携帯今ある?交換しよう」
「少し、待て」


ポケットから携帯を出したわたしに反して、石田くんは鞄の底から、ぴかぴかの、本当に使ってないんじゃないかというくらい綺麗な携帯をこちらに向けた。


「‥ん、来た。じゃあ今日の夜また連絡するね」
「ああ、わかった」
「本当にありがとうね。石田くん」
「礼を言われるほどの事か分からんが」
「あ。
見捨てないでね!」
「当たり前だ!誰が引き受けた事を投げ出すか!」

「だよね!石田くんらしいや」


らしい、だなんて知り合って間もない石田くんに言うべきかわからなかったけれど。少なくとも、表情は変わっていないように見えたから、大丈夫な筈だ。
じゃあね、と、本日三度目の挨拶に石田くんは一番そっけなく目を伏せるだけで留めて、わたしはそれをまた、石田くんらしさが出ていると見えて、思わず久し振りに、心から笑ったような気がする。



(‥あんな笑い方をするのか)


20120722