「うわ、土砂降り」

バケツをひっくり返したような、という形容に相応しく、外はざんざんと雨音を響かせていた。図書館内からそれを見たわたしを含める他の生徒達もそれを見たからか、足早に勉強を切り上げ帰る奴らが出てきた。無理もない。


「ああ、図書館に家康くんがいるから雨が降るんだね」
「今日はいつもに増して不機嫌だな、どうしたんだ?」
「お前みたいにテンションがわたしと完全に合ってないやつとは話したくない帰って欲しいお願いします」
「変なことを言うんだな!」
「変なのはお前だよ気づいてお願いだから、ほら本の手続き終わった帰れ、帰って」
「ありがとう。そういえばお前、傘はあるのか?」
「ああ?傘?」


ああ?という言葉の語尾がヤンキーのように上がってしまったことは言うまでもない。(因みにヤンキーってアメリカ北部の住民、特にニュー・イングランドの方の方を軽蔑的に言ったり、アメリカ人の俗称だったりの意味があるんだって。広辞苑に書いてあったよ!最近文章を追い掛けるのが億劫で暇な時は辞書を読むようになったからかな。賢くなってる気がするよ!)
――傘なんか持ってるわけないだろう。だってウェザーニューズ見たらピーカンだったし。嘘乙。仕事しろ。


「持ってない。天気予報が嘘吐いた」
「天気が変わりやすい時期だからなあ、悪くは言えまい。何なら入っていくか?」
「いや君んちはわたしと反対方向じゃん、小中高一緒だったし流石に知ってるよそれくらい」
「わしは構わないが‥」

「さすがリア充め」
「?」

「ううん、そういうのは彼女に「いないぞ彼女」
‥‥そうなんだー要らない情報ありがとう」
「だから入っていけばいい。止みそうにないからな!」


確かに勢いは増している。館内にはついにわたしと家康くんだけになってしまっていた。にこにこと輝く笑顔を惜しみなく此方に向ける家康くん。目が笑っていないように見えるのはわたしの劣等感による気のせいだということにしておこう。ごまかしてうにゃうにゃとかわしていると、司書の先生からもう今日は切り上げてよいとの死刑宣告(普段は嬉しいのに)が出された。先生やめてよもう。それを聞いて家康くんがにこりと笑っている。うわこいつないわー。


「傘ないんでしょう、下にあるビニール傘、使って帰ったら?」
「え!いいんですか!」

「私車だから、どうぞ」
「ありがとう先生!ありがとう!ありがとう!」

おい徳川家康。ちぇ、じゃないわ。
良かった。どうやら雨のなか更にイライラして帰らずに済みそうだ。手早く鞄に筆記用具やらを詰め、パソコンを閉じると、家康くんも床に置いていたスポーツバッグを持ち上げた。まあ、下まではいいだろう。流石に向こうにあるもう一つの入り口から出ろとまでは言わない。私心広いからね!



* * *



「‥‥‥‥」


傘ない。先生、傘ない!
大事なことだから二回言った!


「‥盗む奴もいるからな」
「まじか‥」
「諦めろ、ワシの傘に入っていけ」
「‥嫌だけど‥兄に迎えに来てもらおうかな‥いや其れだけは‥」
「‥決めた!何ならお前に貸す!ワシはいい、お前が一人で使え!」
「ばかじゃないの!自分の傘人に貸して自分は濡れて帰るとか!お人好し!そういうところ嫌い!‥あ」


まずい、言い過ぎた。
ついかっとなってしまったのだ。だって私一人なんかのために傘を貸すなんていうから。あんなに何度も邪険にしても、笑顔で言ってくるから、つい。


「‥‥」
「‥‥」
「‥お前は、ワシが嫌いなのか、‥」
「‥いや‥あのそれは‥」
「‥すまん‥」


ああああ!なんだよもう!
イライラする!


「あ‥別に、嫌い?じゃないけど」
「!」


けど苦手だよ。
その天真爛漫なところとか、馬鹿優しいところとか。昔から。かなり。


「家康くんが明るいから苦手なだけ。話づらいの、私根暗だから」
「そんな事はない!お前はいつだって笑っている、太陽みたいだ」


ああごめんそれ、笑いは笑いでも多分嘲笑か蔑笑か苦笑かのどれか。うん。
太陽なのはおまえだ。誰か雲代わりが要されるくらい毎日ピーカン。なんとかして。
干ばつ地帯増えちゃう。


「可愛いんだ!ワシには、い、いとおしさを感じる!」

「は?何言い出すかと思えば」
「お前はいつも優しい。小学校の時、ワシが小さいからと給食を分けてくれた!中学に入ってからは、傘、そうだ傘をくれた!あのときの礼もしたいんだ!」


小学校の給食の話の真相は、嫌いな牛乳は勿論レバニラ炒めと酢の物だったからあげただけ。おまけに誰かが投げたプチトマトのヘタ入ったし。
中学校の傘話の真相はあの傘穴空いてて鶴姫ちゃんとどうしようか、なんて相談してた所に家康くんがいただけで‥。(家康くんにさくっとあげちゃいましょう☆っていう言葉に乗ったわたしは今も悪くないと思っている)
まあいずれにしても真相を聞かれれば、良い思いはしないだろう。


「忘れて。お互いのためにも」
「いや、しかし!」




「何をしている」


その声は。


「あ、石田く」


良かった。
冷静な人がきた!


「なっ家康貴様あああ!!!!!!何をしている!!その肩に添えた手は、なんだ!!貴様は!刑部からも何か奪うつもりでいるのか!!!!」


――訳じゃなかった。
うるせえな。なに?石田くんてこんなキャラなの?
意外すぎる。なぜ大谷くんは彼のこの面をわたしに話さなかったんだ。ああ、面白いもんねー。そうだよね。わたしが煩い熱いキャラ苦手なの知っててやったなあのファラオ。


「違う!ワシはただ傘に入れてやろうと‥」
「ならば無理強いしてまで通すことでははない!親切の押し売りという言葉を知れ!大体傘を貸すには二本必要だろう!」


あ、当初より言ってることはまともだ。
石田くんはひとしきりわめき倒したかと思えば、手に持っていた傘をわたしに手渡した。‥紫色だ。ああ変態色。


「石田くんは‥」
「折りたたみがある」
「あ、そう‥」
「早く帰れ。雨が降っているから暗くなるのも早い。‥家康、貴様をあの人間離れた機械が捜していた。やかましくて適わん。早く去ね!」
「忠勝がか!すまんな、三成。‥じゃあ、ワシはここで。またな!」


忠勝、という名前を聞いて徳川くんは雨の中を傘もささずに走っていった。いや、傘させよ。透けてんぞ。筋肉が。むきむきだよ。


「‥ありがとう」
「‥‥‥ああ」


踵を返して歩き出すわたしを見て、石田くんは何かいいたげに口を開こうとして――また閉じた。そしてそれは視界の端にそれはしっかりと映っていた。


「石田くんは、家どこ?」
「!‥駅の方だ」
「わたし途中まで方向一緒だから、‥‥良かったら一緒に帰ろう」
「あ、ああ‥」


なぜそんなに驚く必要があるのかは分からないけれど、まあいいか。
さて、帰るまでに大谷くんの弱みの一つでも出してもらわないと!
覚悟してろよ大谷くん!
恥ずかしいこと聞いてやる!‥と、意気揚々としてみたものの。


「‥好きな本とかある?」
「最近は三国志演義を読む」
「しぶいね」


まあ、会話が無いよね!
ごめんねコミュ障で!
落ち込んでしまうわ流石に。
どうしたらいいか解らず、つい、何となく石田くんを見れば顔が僅かに赤いことに気がついた。どうしたのだろうか、とよく観察していると、石田くんの折りたたみ傘は小さく、石田くんの腕がびしょ濡れになっていることに気がついた。ああ、しまった!
気を遣わせてしまったのか!


「いっ石田くん!わたしと傘交換しよう!」
「断る。大人しくそれを使え」
「だって袖濡れてるし!はい!」
「馬鹿か!傘をちゃんとさせ!」
「だって!」
「煩い!構うな‥‥っ!」


「‥‥あ」


――ざばざばざば。
さて、何の音かお分かりだろうか。答えは簡単。

まともに傘をさしていない二人が前もみないで歩いた結果、どこかの家の雨樋から落ちる滝のような捌け水に突っ込んだのだ。


「‥‥‥‥‥ごめん」
「いや‥私も不注意だった」


おかげで二人供頭から水を被ってしまった。――傘の意味などどこかへ消えてしまったようなものだ。


「‥あ‥家ここだから、良かったら寄ってってよ。流石にそれじゃあ‥。タオルと着替え貸すから」


そう指差した先には、見慣れた[松永]の表札がかかった我が家が見えた。

20120721