---ホウエン方面へお越しの方は八番の電車にお乗り換えになります---




「参るわあ、ほんまに」


乗り換えばかりの電車はどうにも慣れない。
本当は直通の飛行機を取れれば一番良かったのだけれど、急な話だったものだ。まさか舞台で使う筈だったハートのウロコが届かないだなんて。
自分が使う小道具をほかの人に取りに行かせるわけにもいかず、こうしてホウエンに赴こうとしている訳だけれど如何せん、乗り場が分からない。ホームの看板をさっきから行ったり、来たり。着物のせいで直ぐに移動は出来ない、駅は広い、ああなんだか心が折れそうだ。
マツバにいに付いてきてもらえばどんなに‥。いや、いつまでも頼ってばっかりじゃ、駄目だわたし。これだからミナキさんにブラコンブラコンって言われるんだから。


「はあ、‥」


汗ばむ額を拭って、再度駅のマップを広げたときだ。


「ねえ、きみ」



真上から聞こえてきた若いひとの声のする方向を向くと、そこには、雑誌でしか見たことのない人が、目を細くしてこちらを見ている。
ミクリさんがページいっぱいに写っていた、リーグ協会のホウエンのジムリーダー特集の今週の会報のページを思い出した。


「マツバくんの妹さんだね」
「あい。あの、もしかして‥」
「わたしの事を知っているのかい?」
「会報で拝見しとります。ええ、あにさんとは‥?」
「会議の度によく妹自慢をされるんだ、お兄さんに」



困ったような顔をされて、普段のあの目尻の下がったマツバにいが浮かび恥ずかしくなった。ならあのポケモンぺあ事件(本編参照)にも巻き込まれているだろう。ああ‥なんて恥ずかしい。


「‥ほんまに堪忍どす、‥あっそうや!あの、すんまへん」
「?」


「はっ‥八番線はどこにあらはるんですか‥?」










「ふふ‥!」
「わ、笑わなくとも‥いけずどすなあ‥」


「だって真後ろが八番線だったから」



あの後私は兄妹揃って恥を晒す羽目になってしまった。‥真後ろの八番線ホームを一時間も探してましたなんて。いくら電車が久々でもこれはない。ああ!早く忘れて欲しい!‥しかもホウエンに帰るミクリさんと同じ時間の同じ電車の、まさか同じ両の隣席とは。偶然にも程がある。わたしの強運恐るべし。背の高いミクリさんに荷物まで上げて貰ってしまって、何とも申し訳なさでいっぱいだ。



「ほんまに、はしたない姿を‥」

「全然。‥きみは写真やテレビで見るよりずっとそそっかしくて、可愛いんだね」

「へえ、‥堪忍どす」
「謝ることじゃないよ、マツバくんが溺愛する理由がよく分かる」
「溺愛‥」


その言葉がやけにしっくりときた。うん、溺愛だ。


「なんだろうね、エネコみたいで目が離せない」
「エネコ‥どすか」
「頭、撫でてみていいかい?」
「どうぞ」



終始微笑みを絶やさないミクリさんの優しく、綺麗な手のひらでわたしの頭を撫でる。それは傷ひとつない、美しい手だ。マツバにいの手は、もっとこう、しっかりしていて、なのに洗剤に弱い肌だから、やめてと言うのに。洗い物をしてしまうから、かさかさしているときがある。撫でる時はわたしをしっかり抱きしめて、ひどくなにか壊れものをでも扱うかのように慈しむ。それは、わたしを一番に守ってくれるもので。
‥ああ、末期だ。




「疲れていたのかな」



そんな優しい声を聞きながら、さらに図々しくミクリさんの肩にもたれ掛かって、眠りに落ちていった。








目を覚ますと窓から見慣れない景色が飛び込んできた。わたしはもたれていた肩からそっと頭を外す。



「おはよう、いい夢は見られた?」
「‥ミクリ、さん」
「なにか?」
「ここは‥」


寝ぼけた頭を覚ますためにペットボトルの生ぬるい水を飲み干すと、大分重たい瞼が開いてきた。



「もうホウエンだよ、後は電車を降りて、ああ、ルネにはダイビングが必要だけど大丈夫かい?」



そうそう、だからわざわざダイビングのできるポケモンを連れてきたのだ。そこの問屋さんにラブカスのウロコを引き取りに‥って、あれ。



「うち‥言いました?」

「‥‥」






わたしの言葉を皮きりに、とても申し訳なさそうに説明が始まった。今回仕事でどうしても着いてこられなかったマツバにいが、偶然ジョウトにいたミクリさんに連絡を取って、駅で迷っているであろうわたしにそれとなく合流して、連れて行ってやってほしいと頼んだということだ。何て心配性な、と言いたい気持ちも山々だが、計らいがなければわたしはいつまでたっても電車に乗れなかっただろう。また、結局わたしはマツバにいに頼らなければ、なにも出来ないことがまざまざと証明されてしまったのだ。



「うち‥あきまへんなあ。ミクリはんにまでご迷惑お掛けして」
「迷惑なんて思わないよ。‥私がしたくて引き受けたんだからね」
「へ‥?」




ミクリさんが、凄く近い。頬に触れた手が温かくて、いい香りがした。まるで女のひとみたいに整った端正な顔がすぐ前にある。離れようとすると、帯ごと腰を抱えるようにされ、ただただ無言のミクリさんと対峙。そうすると、時が止まったかのように、見える景色さえもスローで。
そうだ、なにか、言わなければと思い切って出した声は、引きつっていた。



「なにかな」
「は、恥ずかしゅうおす」

「‥そうだね、」



悪びれもなくあっさりと外された腕と同時に、到着を知らせるベルが鳴った。――それに気を取られた一瞬の隙をつかれたのだろう、額に触れたやわらかいものは、鈍いわたしにも、解りすぎるほど理解できた。




「もしこれを見たらお兄さん、嫉妬すると思うかい?」



真っ白になったわたしの頭に響くのは、鈴を転がすような美声だけ。



20110614

十万打フリリク
(シチュエーションがご要望と異なってしまったかもしれません、すみませ‥!)
イオさまに捧げます