上へ行く
それはアポロ隊長の口癖だった。今の地位を満足には思っていなかったのだろう、幹部助勤のような役割を果たしていた彼にとって、更なる高みへ、サカキさまに近づくことこそが全てだった。
隊長は遠い存在だ。平の団員の私からしてみたらその行動力と精神力には到底至らなく、わたしはただひたすらに彼を追い続ける。
「今日付でおまえを幹部の補佐にします」
ある日のこと、あらゆる密猟密売組織の中でも最盛期を誇っていたロケット団はあっという間に破滅を迎えることになる。当時シルフカンパニーで大量に摘発された団員の殆どが幹部であったということから、政権交代、実力派の隊長に最高幹部の座が許された。
今でも忘れない。
すっかり他人の手に渡って静けさをとりもどし、私たちを拒むように閉ざされたトキワジムを。
私たちは忘れない。
忘れては、ならない。
「付いてこい」
扉の前で立ち尽くす隊長が、有無を言わせない語調で、そして最も私を惹きつけてならない言葉だった。柔らかな声で言うと、私のキャスケット帽をそっと外す。
「隊長」
「もう違います、‥‥お前は髪を、染め直さないといけませんね。ああきっと山吹色が映える」
「アポロさん、」
何ですか、と私に向けられた台詞が声に出されることはなかった。かすれて、ただ静かに涙を流すアポロさんが余りにも綺麗に見えて、けれどどこか、見てはならないような気がして、咄嗟に体を後ろに向ける。
「背中、合わせると心が落ち着くらしいと」
「‥‥」
「見ませんから、」
「‥‥っ」
小さく震えて、声は押し殺しながらだったけれど。
触れた部分が、直にアポロさんの感情を伝えてくる。
「髪、山吹色にします」
「‥」
「アポロさんやって下さいね、言い出しっぺなんですからあ」
「‥‥‥ええ」
忘れない。
忘れない。
例えこれが適わなかったとしても、
きみの記憶が有ればいい。
20100822
七万打御礼
シチュエーションは「背中合わせ」