「君が憎い」
カトラーはそう一言言って、私の首に銃口を向け手を伸ばした。恨まれたり憎まれたりする覚えはさらさら無いのに、彼の目にはまるで親の敵を殺すような、という表現に適した殺意があるのを何となく感じた。めったに感情を面に出さないのが平生であったからか、私にはとてもその様子が滑稽でならなくて、首を撃たれようとしている人間が出来る表情ではない、微笑を、浮かべてみせた。あくまで優美に気品よく、下卑たものにはならぬ様に。彼はそんな私を見て、また想定した範囲内だったのか、無表情で指先にじわりと力を込める。
「憎い」
「ならやれば?楽になる」
「君が、だろう」
「ばかね、あなたがよ」
私から離れる。足元に絡みつくクリーム色のドレスとペチコートが邪魔で、足を軽く動かすと、彼の眉間に皺が寄る。本当、今日はよく怒る日ね。早死にしちゃうわ。仮にも夫婦だというのにいがみ合うなんて。
と、まあそうは言ってみたものの、彼との生活は私の記憶には殆どなかった。それは相手も同じようなことで、所謂政略結婚に巻き込まれた図、だろう。私も彼も可哀想だ。お互いに被害者なのだから手を取り合い生きてゆくことも出来るのに、それに甘んじなかった結果がこれだ。私たちはお互いを憎み、お互いをとぼしめた。それによって生きる活力を得ている。
「そのヒヨコの様なか弱い銃で私を撃ってみなさいな」
「君を殺す為だけに作った。この銃は殺傷能力が乏しくてな、なかなか死ねない」
「‥趣味悪い」
「好きに言え」
冷たい鉄がひやり、と喉笛に突きつけられ、思わず唾を飲み込んだ。当たり前だ。死ぬのは怖い。それに悔しいのだ、彼に屈して死ぬことは断じてあってはならない。まだ人生を全うとしていないのに、運命を定められ、彼を伴侶を誂えられ、これこそ私たちが一番不快に思うことだ。彼が私を憎いように私だって彼が憎い。
「私だけ死なないよ」
「っ、」
「あなたも道連れね」
彼の下腹部に充てたナイフ。昨日鍛冶屋で研いでもらったばかりの純銀製、カトラーを殺すためだけに存在を許した。彫金にもこだわって、一番美しく刺さる角度も計算した。
「あなたのためだけに、用意したのよ」
お互いが、お互いの為を考えて用意された二つの殺人凶器は、太陽の明かりに照らされてぎらぎらとその役割を終えるのを待っている。私と彼はそれを隙を見せることなく、突きつけたまま顔を見合わせ、またかつて無い程に話をしていたことに気がついた。今までは話すことすら嫌気が差して吐きそうだったのだ。それが今は、互いの息がかかるほどに近い。
「ふ、ふふ」
「あっははははは!」
私たちはそして笑った。どうして私たちがいがみ合いをしていたのか、それは互いの意志を無視し続けた相手への復讐の炎がたぎっていたから。しかし今はどうだ、馬鹿らしく愚かしく、精神的に肉体的に法律的にも、利害すらも限りなく一致していることに気がついたのだ。傍目から見ればばらばらでちぐはぐで干渉し得ない。けれど違う、本当の所はその根底にあった。
「私達、殺めたい程思いやれるなんてねえ」
「‥ああ」
「カトラー、私は決めるわ。あなたの正式な伴侶になるの」
「‥これは互いの意志や願望が尊重されうる婚約か、否か」
挑むような目で私を見る。
手に持っていた武器がからりと音を立てて床に落ちた。それらは交換されて、また手元に戻る。私には銃、彼にはナイフだ。
「それが解るなら、答えは連れだちイエスになるが」
「‥私は解るわ、ばかじゃないから」
「なら、愚問だ」
20100504
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