「腕と左足の打撲全治二週間。裂傷は三週間ね、お疲れ様」
「いっ、てえなこの藪医者、少しは優しくしろ」
「藪医者にかかる怪我作るあんたが悪いんでしょ!」
腕の傷に包帯をきつく巻かれて思わず唸り声を上げた。まさかここの病院に自分が世話になる日が来ようとは、思いもしなかったものだ。何度か骨を折った吾代や、仕事とは関係なく捻挫をした鷲尾を連れてきた時も確かこんないけ好かない、涼しい表情だったことを思い出して、今目の前にいるおんなを見た。俺の言うことにいちいち返答、笑い、怒るのだ。
「前回と雰囲気違うなァ、」
「‥」
「俺の気のせいか?」
「気のせいよ、これ以上言うと打撲を骨折に変えます」
「髪も違えな。上げたのか」
「‥‥話聞いたのかな」
前回来た時は背中の中心まで伸ばした髪を流していたのに、今回はその艶やかな髪を上げ、首筋の白さが浮き立っている。白衣の襟から見えるうなじが、糞、妙な気分になる、怪我して興奮でもしてるのか俺は。
「‥俺もまだ若えなあ」
「まだ何処か痛む?」
「いやそうじゃなく、‥首筋が綺麗だなーと」
途端に、女医が首を両手で隠して顔を赤らめた。誉めたわけであって貶した訳ではないのだが、動揺したのかこういう言葉に慣れていないのか俺を見て、また逸らして、視点が定まらない。肩を掴んでやるとひい、と小さな悲鳴を上げて、それでも落ち着いたのか漸く顔の赤みが引いてくる。本当に、あの冷たい顔が嘘のようだ。
「大丈夫だ分別は‥‥あるから?」
「何で疑問符付けるの」
「もし、あんたが俺を好きならいいかなっーて」
「やくざさんは嫌いよ」
「ああそう」
後ろを向け、と言われ、回転椅子を回すと羽織っていたシャツを脱ぐ。診察で発見されてしまった刀傷の治療がしたいらしい。
古傷だったので放っておけと言ったのだがきかなかったのだ。流石は医者と言った所か。背骨の方から左のわき腹まで入った傷は一時期化膿して、大騒ぎされたっけ。今はすっかり傷も塞がって痛みもないが、それを見るとこのおんなは自分の痛みのように眉をひそめる。
「どうして放っておいたの、こんなに酷い傷」
「怪我した当時贔屓にしてた闇医者が丁度死んでな、」
「‥‥そう」
「弄るな、痒い」
「また貼り薬出しておくから、絶対に使って」
「へえーい」
薄皮がつき、瘡蓋になり、新しく出来た皮膚は周りと色が異なり傷が隆起して、きっと見知らぬ人間がみれば嫌そうな表情をするだろう。医者であるこいつだからこそ親身に見るものの、自分自身これを見るのは嫌だ。箔がつくとかそういうのはもう俺の年代じゃああまり意味もなく、単に情けないものだ。いらっとした。が、案外悪くもない。こんな変わった女医に会えたんだ、ああそうだちっとも不愉快じゃない。
「もうシャツ着ていいよ」
「白衣が似合うなァ、あんた、」
「‥ありがとう?」
「何で疑問符付けるんだよ」
言った台詞をそのまま返すと、困った様に笑う。
ジャケットを抱えて椅子から立ち上がる。貰った処方箋をポケットにしまうと診察室の扉を開けようとノブを掴んだ時。
「あ、待った!」
「ん?」
「つっ‥‥次からは診察券持って来て、これ」
白いカードを渡された。可笑しいな、ここ診察券出してねえってのに。嘘が下手くそだ。
「おう、」
「‥‥‥じゃあね」
「連絡する前に携帯変えるなよ」
積極性に弾丸を込めろ
20100503
(吾代、ご苦労)(‥何か上機嫌すね気持ち悪ぃ)(うるせえ)