おなかがすいたなあ、と思いながらも、自分で作るつもりはさらさら無いし、喉が乾いたなあと思ってみてもわざわざ水を取りに水道まで行くのは馬鹿げたことでつまり私は動かなくても生きていかれるということだ。違いはない。それが果して良いか悪いかは別問題として、これは他人から見れば異常にしか見えないことだが私と彼の間に至ってはごくごく普通のことなのだから特に誰かが心を痛めたりする必要が無い訳だったりする。

「ただいま」

 彼が帰ってきた。だだ広い私と彼が住む部屋は私一人で1日を過ごすには勿体ない。彼は私に駆け寄るとこう言うのだ。寂しかったと、悲しかったと。彼の愛は本物に相違ないけれど、残念ながら私は違う。どこまでが本当でどこまでが嘘なのか、自分自身をよく分かっていない。これは、自分の意見を持てない可哀想な例だと思う。それ自身を彼のせいにするべきかと言えば理不尽だが、八割以上はそうだ。私が変わろうとするのを悉く拒んだのだから。

「おかえりなさい、」

「暇だったろ、今からでもどっか行くか?」

「ううん、一緒にいれたらそれで」

「そっか」

「‥私喉乾いたから、飲み物とりに行」

「オレが行く。水でいい?」

「‥うん」


私の台詞を遮り、宝物にでも触れるかの様な手つきで私の髪を愛おしくなでると、水を取りに立ち上がった。ほら、私には行かせない、彼は私のすべてに関わりたいのだ。こんなに弱い、愛に溺れた姿を他の人は知っているのだろうか、もし、私が彼以外の男を知ろうものなら――、考えるだけで背筋が凍りついてしまう。きっと関わる人全てを殺しても満足しないんでしょうから、私がそれをするには些かデメリットが大きすぎる。
良くいえば従順、悪く言えば支配愛の塊だ。ああそうだ、私にしてみれば愛なんてマイナスだ。
そうでなければ惨すぎる。


「ほら、」

「ありがとう」


彼が口に含んだ水を、口付けによって受け取る。生々しくて、度々に嫌気もさしていたけれどもう慣れた。嫌いではない、こんなに優しい人はきっとこの先探しても誰もいない、私の感情の起伏は敏感に感じ取る彼は、私にとって有る意味では最大の理解者なのかもしれない。


「うわ、顔真っ赤じゃん」

「そんな、こと」

「‥可愛い」


血で汚れていない、コートの中にすっぽりと収められる。広くて、固くて、いい香りがした。

「もうこのまま食っちまいたい、可愛すぎて」


「ばか」


こんなに至近距離なら、私でも殺せるかもしれない、そうしたら自由になれるかもしれない。可愛がられた私にはつらい世界かもしれない、だから。
袖に隠した暗器をそっと背に当てた、すぐのことだ。


「‥‥お前だけがここにいればもう何にも‥‥‥要らない」



その言葉に、背中に回した手が緩む。針はあと数ミリで刺さる、そうすれば彼は死ぬ。なのに手が動かないのだ。解放されたい、解放されたい、自由になりたい、外にいきたい、他の人を愛して、愛されたいだけだのに。


「私もよ、‥兄様」


突然、なにかがぷつんと事切れた。そう、そう。私は無知なの、だけど兄様が分からないの。私自身も分からない。だからこそ、この先そばにいればいつかは、愛を理解できれば、私も普通の子みたいに暮らせるのかな。
ね、きっと、そうでしょう?だからね、その為に生きるわ。



「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あいしてる」



兄様のためじゃなく、私のために愛を囁いてみせる。
このとき初めてきらいな愛を理解した。


20100416

口調が優しすぎるのも演出‥で‥
リクエストありがとうございました―!