揺らぐのTrue Endとリンクしてたりする話









葛西が私のもとに戻ってきてくれたあの日から一年たった。この一年というのを私は何の気持ちもなしに過ごしてきた様な気がしなくもないが、でも、隣を見ればおまえがいる。触れればしっかりと感触を得られるもので、それでいて温かく寂しいと言えば火傷だらけの腕の中に私が眠るまで抱き締めてくれた。
そんなある日のことだ、ふと思いたった。

ここ一年は葛西がずっと台所に立ち放しで、私はといえばそれを後ろから眺めながらリビングに食事の準備をする、まるで母と子のようだったけれど。それでも包丁を握るおまえの姿は贔屓目なしに様になっている。けれど、私はそれが悔しかったのだ。コーヒーしかろくに出来ないおんなでは嫌だった。
毎回毎回わたしが包丁を握ろうとする度にやんわり、私に世話を掛けているからと(あの火事が原因で体が暫く上手く動かない)、そんな調子に扱われて、丸めこまれてしまうお陰で日々美味しくご飯を頂いているのだけれど。私だっておまえの笑う顔がみたくて、料理を作ってみたよ。

ばれないように時間をかけたシチューを(因みに味見したら完璧だ)、葛西がマッチを買いに出た隙に、火にかける。匂いはぼちぼちよさそうだった。が。暫く煮込む積もりで火をつけたまま――気が抜けて、してはならない事をしでかした。






***



「おーい」

「‥かさい‥?」


うっかり眠ってしまったのだ。葛西がマッチを買って、戻ってくるまで強火で鍋に火をかけたまま。


「っ、シチュー!」

「あれか。火止めておいた」

「‥葛西に食べさせたくて」


部屋に立ち込める焦げた匂いが失敗を表していた。折角葛西の為に作ったのに、駄目にしてしまうなんて。礼を言って鍋を片付けようとした時だ。
‥鍋が、ない。


「ここの料理は?」

「良く頑張ったなァ。全部喰った」

「あ、あの焦げたのを?!」

「気にならねェよ。‥美味かった。有り難う」



美味しい訳がないのに。どうしてこんなに優しい嘘を吐くんだ。馬鹿葛西、がんになったらどうする、焦げたものは体に良くないし、それよりも。


「有り難うなんて‥言わないでよ‥‥」


「おいおい、じゃあ何て言ったらいいんだ」


「‥笑う顔がみたかったんだってば‥」



笑ってよ、
涙声になって、かすれて聞くにも耐えなかったけれど、しわしわになった赤色のシャツで涙を拭ってくれる。ありがとう、と彼の顔を見上げたら。

――、

そこには確かに、見慣れないぎこちない笑みが浮かんでいる。まだ顔の傷が痛むのか、すぐに表情は戻ってしまったけれど。



「おまえが見てねェだけで俺は結構笑ってるがな」

「か、かさ‥‥」

「泣くな、」



子供みたいな奴だと呆れられても構わない、我が儘だって、私は葛西がすきなんだ、これが素直な気持ちなんだ。



「‥‥‥お腹すいた。‥グラタン食べたい」

「‥へいへい」





わたしばかりが笑っているのも、葛西ばかりが苦しむのも嫌だよ。

ねえ。
私だけのもので、いてね。


20100413

(腹、調子悪ィ‥‥、)