「先生、私と付き合ってよ」


私の補修課題の監督を任された葛西先生は、とても変わり者だった。生徒の前でタバコは吸うし、怪しい人達との繋がりがあるだとか無いだとか、兎に角噂の絶えない男だったのだ。けれど、嫌遠されることもなく、そこそこに生徒から慕われていたのはこのさばさばした性格と、不思議と人を引きつける魅力があったのだろうと思う。
そんな先生と私はまるで両極端だ、いや、だった。
元からあまり人との関わりを持たず、地味と呼ばれる部類の生徒だったのだが、どうしても葛西先生のようになりたかった。せめて目立てるようになろうと、髪をほどき、金色に染めて、先生と同じ色のタバコを吸うようになった。周囲からはどんな目で見られているのだろう、気になりもしたが、私はそれよりも凡庸な自分から脱却したかった結果が、こうして成績の順位を落とし信頼を失う。けれど失ったものばかりではなかった。人との繋がりを初めて経験することが出来たのだから。


「先生?」


パチスロの必勝法が書かれた本をゆっくりと閉じた先生、愛用の帽子のつばから覗く鋭い目が、私とぴったり重なった。


「その髪は少し遅れた高校デビューか?」


「‥先生から高校デビューなんて言葉が出るなんて思わなかった」


「漫画読んだんだよ、生徒から借りて」


「‥もっと驚いた」


おどけて私の質問にはあまり関心のないように、引き続き本に視線を落とす。こういう時はとても勉強熱心なようで、マークが沢山施されているのを、眺めていると辺りのシャープペンでまっさらな課題を指された。渋々再びペンを握って問題を解く。先生との無言は、他人に比べると少しも苦ではなく、寧ろ私にしてみれば心地よいもので、私の頭には少し楽に解けてしまう問題をわざと分からないふりをしながら、解答を埋めた。


「終わるか?」


「‥んー、多分ね」


「早くしねえと見たい番組が始まっちまうんだ、放火現場スペシャル」


「‥」


趣味の悪いひとだと思う。けれどきっと本当に火が好きなのだろう。子供じみた笑顔を私に向けて、早く早くとタバコの箱を机にトントンぶつけて急かした。仕方なく、二人の時間に終わりをつける為に最後の問題まで一気に解ききって先生に渡す。


「ん。ご苦労様。‥最初からちゃんと授業出てやればこんな課題いらねェのになあ」


「面倒だったんだもん」


「‥変わったなァ」


変わった。その口調が余りにも侮蔑まではいかないにしろ、まるで幻滅でもしたようなもので、居辛くなった。手近に置いたスクバを勢いよく手に取る。



「夜に一人で歩かせられるか、‥」


「じゃあ、先生が送ってくれるんだ」


「タクシー代と先生の車と、好きな方をどうぞ」


「先生の車がいいな」


自分でも驚く位に積極的だ。前はこんなに自信をもって話すことすら出来なかったのに。どうして先生はあんなに悲しい顔をしていたのだろう、今の私の方がよっぽど社交性も有る、メイクだって覚えたのに、少し虚しい。


「火火火、運転荒いぞ」


「いいよ。スピード出して」



教室の電気を消して、廊下の非常灯のみが照らす夜の校舎はどの学校でも薄気味悪い。先生よりも、足早に教室から出ようと扉に手を掛けたときだ。
ばん、と、大きな音が左右から聞こえたかと思うと、目の前に暗い影が差す。



「葛西、先生?」


「‥元のお前だ。俺は黒髪が好きなんでな」


後ろから、開いたYシャツのボタンを留められ、髪をそっと梳かれ、昔の三つ編みの位置にまで髪を束ねられた。これは都合のいい、身勝手な夢じゃないのか?葛西先生は今の私より元の私の方がいい、と言うのだから。


「その化粧と髪、直してきたら付き合うか。」


「だれと?」


「先生と」


「‥、考えておくね」


「そこは即答で、はい、だろうが」




楽しみだ、と小さく囁いてくれた後、私の腕を掴んで、一緒に横に並びながら玄関を目指す。そうだ、明日すぐに美容院の予約を朝一番で入れよう。

月曜日に満足する葛西先生を見るために、



(葛西先生>薄い人徳?)


20100410

五萬打リクエストもの
ご期待に添えていれば嬉しいなあ
リクエストありがとうございました!