「あ、危なーい」
自分のテンションの低い声が聞こえたと同時に、彼女の頭の上にめがけあるものを落とした。ごつん、と鈍い音がしたかと机の上に転がる。
「‥何これ」
「彼氏居ない歴イコール年齢の、可哀想な同僚にプレゼントですー」
「うーん全然嬉しくない」
嬉しくないのも当たり前だ。彼女から見れば同情半分憐れみ半分ってああ、両方似たようなものだが。優しさ微弱又は無い。恋愛感情の一切無い指輪というものは何とも味気ない。とでも思われているのだろうか、ついでに手のひらに研磨剤まで遅れて投げいれた。
「まあそれ安モンですけど」
「でも可愛い、最近指輪無くして困ってたんだ」
彼女はそう言うと自分に向かってはにかんでみせた。あー、一応喜んでくれるのならいっそのことイミテーションじゃないし本物の銀だって言ってやろうかとも思ったけれど、それでは余りに露骨だという持論の元出かけた言葉は飲み込む。
ところで彼女が無くした指輪、というのは、実にシンプルなものだった。僅かばかり表面に文字が書かれているものの古いギリシャ文字か何かで読むには至れないと嘆いていたのを覚えている。けれどそんな指輪は彼女の成長と共に過ごしてきたものを窺えた。彼女の右手人差し指はほんの少し指輪の形に細く圧迫されていたから。
「ところで、あの無くした指輪いつから付けてたんですか―?」
「ああ、あれ?まだ私が小さい頃にね、ボンゴレ主催のパーティーで年上の人から貰ったやつだったの」
「へー、知らない人から貰ったものを後生大事にだなんて」
「だっ、だって、その人これを私に渡してこう言ったの!『お前をいつか部下にしてやる』って‥まだこないけど」
「‥うちのボスさんみたいに、上から目線なやろーですね」
「確かに」
笑えるね、軽い口調に似合わず、無くなったのも一つの運命だ。と、彼女は淋しそうに呟いた。
∴
指輪を渡して、あの無くなった指輪話など既に忘れている所だった。ある日珍しく休暇を取っていたボスと偶然にも自分と非番が重なったのだ。誰も居ないロビーで朝から眠そうに何かを弾いている。
きらり、銀色の何か、が朝日を浴びた。
「珍しくお休みですかー?」
「‥失せろ」
「ミーも今日は非番で‥あ、」
言葉が詰まる。丁度ボスが投げたものがはっきりと見えたからだ。しかしそんな心理を分かる筈もなく、これがボスの機嫌を損ねたらしい。
「ああ?」
「あー‥それ、どっかで見た事あるなあってー‥」
「ちっ」
無くなった。と言っていた筈のものがボスの手に今収められて。輝きを一層放つそれは、バツが悪かったのか直ぐにポケットにしまわれる。
「‥それ、探してる人間が一人いたよーな、居なかったような」
「俺が知るか」
「‥いくらボスと言えど、部下の私物の泥棒は――」
良くないですよ、と言い終わる前に、鳩尾に激痛が走る。元居た位置から数メートルは単なる蹴りでとばされたらしい。幻覚でも使って逃げてやろうかとも思ったけれど、バレた時の事を考えてみればリスキーだ。
そうこうしているうちに、つかつかと歩み寄られて頬に拳が一発。勢いであのいまいましいカエル帽子が取れる。
「‥元は俺のモンだ。何が悪い」
「っ、‥そうですか―‥」
「忘れろ」
開き直りながら脅迫だなんて何て器用なことだ。視界の端っこで一瞬、あの指輪がひらめいたかと思うと、自慢の銃で一発。打ち抜かれて粉々になり溶けて、見る陰も無くなった。
ああ、頬も腹も頭もどこもかしこも痛い。あんな神経を逆なでするような言い方以外にもっとあっただろうに、と、スクアーロ先輩に転がった体を拾って貰うまで、後悔はした。
∴
「あ、フラン。体大丈夫?」
「なんとか大丈夫ですー」
「こないだは有難うね、あの、これ」
照れながら見せられた、あの壊された指輪が収まっていたスペースに自分が渡したものがはめられている。細い指に良く栄えて、見立ては間違えていなかったと、少し嬉しくなる。
「ミー以外に指輪くれる人間、今のうち捕まえておかないと婚期逃がす姿が目に浮かびますねー」
「私まだ十四だし!!」
「(冗談が通じねーんですよー)」
「聞こえたから死ね。まあ‥それより、‥私これ安っぽいモンじゃないって知ってるからね。高かったでしょ。気使ってくれたんだ」
「‥一、」
「‥改めて有難う」
前回よりあまりにも素直に礼を言われたから、驚いただけだ。有難うだなんてそんな年に相応しくない幼い、無邪気な笑みが、意外だったものだから。
あの砕かれた指輪の話はせずに黙っておこうと思う。
ついでに、昔から気になっていた、ボスが他のファミリーにいた筈の彼女を『引き抜いた』理由も分かった。
「私を好きになってくれる危篤な人なんているのかなー」
「いませーん」
「ふざけんな」
(まあ、少なくとも、ここにはいますけどねー)
20100226
三万打フリリク
有難うございました!