桜咲く・下(現パロ)
 まとまった休みになれば無理のない程度に叔父さんの小さな洋菓子店を手伝うのが、高校生になってからの慣わしみたいになっていた。四月から三年生だからこの春休みが最後になるだろうけど。
 大小の病院が立ち並ぶ通りの一角にあるせいか、お客さんはなかなか途切れない。やっと途切れてひと息ついた頃、来客を告げるドアベルがカランカランと鳴った。
「いらっしゃいませ……えっ?!」
「…お前…」
 約一週間振りに見たスウェットさんだけど、スウェットさんじゃない! だって今日はスーツで眼鏡してなくて、一瞬誰かと思ったくらいで。
「ここでバイトしてたのか」
「あ、ハイ。お仕事中ですか?」
「今日はもう終わりで、そこの病院に見舞いに来た。これくらいで日持ちしそうなのを何か適当に詰めてくれ」
「はい!」
 スウェットさんが「これくらい」と言ってピースするとか笑えるんだけど、何とか堪えて化粧箱を片手に焼き菓子を選び始めた。
 窓際に立って待っているスウェットさんを横目に見ながら、一緒にバイトしている友達が「知り合い?」と怪訝そうに聞いてきたけど、「ご近所さん」としか答えられなかった。まさか『スウェットさん』とは言えないし。
 箱半分くらい詰めた時にまたドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
「あ、リヴァイ!」
 入ってくるなりスウェットさんのそばにパンプスを鳴らして歩いていったその人は、栗色の髪をハーフアップにまとめた、パンツスーツの似合う綺麗な女性で、スウェットさんより背は高いけど並ぶとなんだか絵になって。
 一気に早口で捲し立てていたから内容までは分からなかったけど、スウェットさんと親しい仲なんだろうなというのは伝わってきた。
「うるせぇぞ、ハンジ。…すまんがちょっとそこで話してくるから包んでおいてくれ」
「はい」
 答えた声の暗さに自分でもちょっと驚いたけど、その人と店の外に出て話すスウェットさんから目が離せなかった。お互いの顔が近い。あんな近さで話せる仲なんだとボンヤリ思った。

 リヴァイ…リヴァイさんって言うんだ。

 名前が分かった嬉しさと、ズンと沈む
気持ちと。
 指が思うように動かなくて包めない。
「そろそろ出来たか…どうした?」
 戻ってきたリヴァイさんが滲んで見える。鼻の奥がツンと痛い。
「すみません…二ファ、ごめん、あとお願い…!」
 それだけ言うのがやっとで、私は店の奥に引っ込んでしまった。
「ペトラ?!」
戸惑う二ファの呼び声を聞いた途端、堪え切れずに座り込んで泣いた。
 ―名前なんて知らなければ良かった。




 二ファにはクシャミが止まらなくてとか適当にごまかして、お詫びに私たちでもめったに食べられない、店で一番人気のプリンを渡して謝った。
「ふぅ…」
 春分を過ぎた今頃はずいぶんと日が長くなって、夕方でもまだ明るいいつもの道をボンヤリと歩いた。
 同じ職場の人かな。綺麗な大人の女性で、でも気さくそうで、あのリヴァイさんも結構話していたな。やっぱりあの二人…。
 名前を教えてくれなかったのも、万が一あの人に知られた時に誤解されないようにするためだったんだろうな。名前を知ったのが、あの人からの呼びかけだったなんて。リヴァイさんが誰かの、女性の名前を親しげに呼ぶのがこんなにも辛いなんて。今になって、名前を知ってから気付くなんて。毎日ただ一緒に歩いていただけなのに、私、リヴァイさんが…。
「…リヴァイ…さん…」
「何だ」
 心臓が飛び出るってこういうことなのかと後から思ったけど、とにかく飛び上がりそうなくらい驚いて振り返ると、スーツ姿のリヴァイさんが立っていた。気配なんか感じず、全然気付かなかった。
「ボケッと歩いてると危ねぇって言わなかったか」
「な…なんで…」
「そろそろバイトも終わる頃かとそこのコンビニで待ってた」
 『待ってた』って言葉にドキッとして、でもリヴァイさんには…。
「何で泣いてた?」
 気付かれてたことに驚き、でも本当のことなど言えなくて黙り込んでしまうと、 
「まあ、こんな道の真ん中でもなんだ、ちょっといいか」
「…はい…」
 何て言おうか考えながら、リヴァイさんの後を付いて行った。スウェットではないスーツ姿のリヴァイさんの背中に新鮮さと距離間を感じながら。


「うわぁ、きれい…!」
私の家からそう遠くはないとあるお家の庭には、立派な桜が咲いていた。
「俺の親戚の家だ。手入れしねぇ割には毎年よく咲いてる」
 今の時期、桜が咲いている所はどこも大賑わいだと言うのにここはとても静かで、春風が枝を優しく揺らす音さえ聞こえそうだった。
「勝手に入っちゃっていいんですか?」
「今は出掛けてるし、家ん中に入る訳じゃねぇしな」
 そう言うとリヴァイさんは私をじっと見つめた。
「で? 何で泣いてた?」
「く、クシャミが止まらなくて…」
 リヴァイさんがお店に入ってきた時はくしゃみ一つしなかったのだから我ながら苦しい言い訳だとは思ったけど、他に言いようもなくて、ヘラっと笑ってごまかした。
「…言いたくないならいい。俺が何かしたかと気にはなってるが…」
「な、何で気になるんです?」
 リヴァイさんはゆっくりと息を吐き、やがてその間伏せていた目を再び私に向けた。
「お前があんな風に泣くのを見たくねぇ。何とかして止めたいが、どうすりゃいいか分からねぇ。俺のせいで泣いているとするなら尚更だ」
「あ…私には、分かりません…どうしてリヴァイさんがそんな…私とリヴァイさんは…家族でも、何でも、ない…」
 そこまで言って、自分で言っておきながら、私とリヴァイさんの間には何も無いんだと改めて認識して、あの人が脳裏にチラついて、声が震えてそれ以上何も言えなくて。
「だからどうして泣く? 俺のせいか?」
 あの時のように頭に手を置かれ…その手が頬に触れた時、私はハッと顔を上げた。
「こんな三十路のおっさんが高校生のお前のことを気にするなんざ、いわゆるキモいってヤツなんだろうが、とにかく俺はお前をそんなふうに泣かせたくねぇんだ」
 顔が…近い…。リヴァイさんの端正とも言える顔を初めて間近で見て驚きすぎて涙が引っ込んで、触れられた頬が熱くて…。
「…わりぃ」
 スッと離れるリヴァイさんの手を思わず掴んだ私の中で何かが弾けた。
「違う…違うんです! 私こそリヴァイさんとただ歩いているあの時間が、短い時間でもリヴァイさんといられることが嬉しくて…でもリヴァイさんには名前も教えてもらえなくて、私とリヴァイさんはただのご近所さんで、リヴァイさんにはあの人がいて…でも私、私、リヴァイさんが、すき…」
 自分でも訳の分からないことを一気に捲し立てて、恥ずかしくなってまた涙がでてきたから両手で顔を覆って俯くと、その手にリヴァイさんの手が包み込むように触れた。
「あの人?」
「今日お店に来て…リヴァイさんを呼んだ…」
「どう見えたか知らんが、アイツはただの仕事仲間だ」
「え…? だ、だってあんなに近くで話して…」
「アイツはアレが普通だ。誰にでも近すぎる。それに今日見舞った奴がアイツの恋人みたいなもんだ。…そんなことより、俺が好きなのか?」
「…ふぇ…?」
 信じていたことがただの思い込みでそれを一気にひっくり返されて、しかも恥ずかしい事まで聞き返されてもう何も考えられなくなった。
「俺とアイツがそういう関係だと思ったから泣いたのか?」
 言葉も出ずにコクコクと頷くと、顔がリヴァイさんのスーツに押し付けられていた。背中にリヴァイさんの腕が回されて…抱きしめられている…?
 リヴァイさんの顔がすぐそばにあって、リヴァイさんの長いため息を耳で感じて体が一気に熱くなった。
「俺が今どんだけ嬉しいか知られたら、お前にドン引きされそうだな」
「………?」
「もうされてるかもな。泣かせたくねぇが、そういう理由なら自惚れちまう」 
 私の肩に手を置いてリヴァイさんが体を離したかと思ったら、そっと涙を拭われた…リヴァイさんの唇で。
「…ペトラ…」
 再び抱きしめられ呆然とする私の耳に吹き込まれるように囁かれた声は、体と心の奥底にまで響く。
「ど、どうして名前を…」
「店でもうひとりが呼ぶのを聞いた。…用心しろとかもっともらしいことを言っていたが、本当はお前の名前を聞いて呼びたかった…ペトラ」
 少し掠れた吐息混じりの声に心が震えた。
「私も早く知りたかった、呼びたかったんですからね…リヴァイさん」
「すまなかった」
そう言ってさらに力を込めて抱きしめるリヴァイさんの背中にしがみつくように腕を回して、肩越しに桜を眺めた。
 来年もリヴァイさんと一緒にこの桜を眺められますようにと願いながら。


〔了〕




 准教授のじの字も出て来ない…おかしい、こんなハズでは…(-_-;)
 仕事はスーツでかっこ良く、オフはもっさりとしているとギャップ萌えですよねvとフォロワさんと盛り上がった?んですが、もっさりしか書いてない(笑)
 准教授設定もフォロワさんから頂きました。女子大生ペトラちゃんだとJKよりヲトナな話になるんじゃないかと思って書きたかったのに、まだ受験もしてねぇよ!ですしね。
 病院などの待ち時間などに考えついたままポチポチ打っているので、世に言うプロットみたいなのに毛が生えてるかいないかくらいの出来で世に出すのもどうかと思ったのですが、厚顔無恥にも出しました(笑)珍しく『起承転結』をはっきり感じられる話かなとも思いまして。
 ホントに創作少女漫画と言ってもいいくらいなんでしょうが、リヴァペトでこういうシチュ良いよねぇから思い付いた話なんで、生ぬるくスルーしてください。リヴァイさん、想いが通じた途端、エラい積極的だしな^^;
 ちなみに今まで書いた文字もので一番長いんですが…5000字超えとか…全然削ってないからなんですがね;
 色々補足したいところは山ほどあるのですが、いつか書きたいリヴァイさん側からの話で…(え)その時までには准教授のお仕事を調べておきます(笑)だって高卒だし;

ここまでお読み下さいましてありがとうございます!&お疲れ様でした。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -