やおい話の2





 8歳も歳が離れた兄は、兄というよりアイオリアにとって父親であった。

その兄・兼・父は、アイオリアの物心が付く頃には既に聖域で知らぬ者なぞ居ない程の有名人で、また、その全ての者達から尊敬を、畏怖を、羨望を綯い交ぜにした目で見られていた射手座の黄金聖闘士であった。
それはアイオリアの誇りであり同時に何時かは越えねばならない巨大な山である。
(普段は優しく愉快な兄でもあったが。)

そして暫くすると、一先輩候補生であった少年が兄の横に並ぶ姿が増えて来た。
未だ『シュラ』と名乗るのに慣れていない時分のシュラである。

初めこそ兄を取られるのではないかと警戒をしていたのだが、シュラはアイオリアにも同じ様に接して来たし気が付けば寧ろ兄よりも仲が良くなっていた。
それはシュラが己の実力を過小評価し、兄に憧憬や遠慮や引け目を感じて余所余所しくしていたからであって、決してアイオリアに心底馴れた訳ではなかったのだと後々解るのだが。

それでもとにかくアイオリアは二人目の兄が出来た様で嬉しかった。
8歳上の父親の様な兄よりも余程年近く、思う存分甘えさせてくれるシュラと云う兄が好きであった。

そしてあの事件が起きる。

あれ以来シュラは笑わなくなった。
それ以前に会う事も無くなっていたのだが、時に陰で手助けをしてくれていたり、見守っていてくれたりしていたのだと、後になって解る事がぽろぽろとあった。

それに気付いた時は嬉しかったり恥ずかしかったりとアイオリアは一人夜中に暴れる事もあったが、面と向かってシュラに感謝を伝える事は無かった。
出来なかったのだ。
その話題はつまり、兄に帰結するからだ。

シュラと兄の話はしない。

話をしたら最後、シュラは己を通り越して兄を見てしまうからだ。
それはアイオリアのプライドにかけて赦されざる事であった。

シュラは、己ではなく、兄を、






「う……、」

 風呂場で血を洗い流し傷口が全て塞がっている事に安心し、ついでにと意識の無い身体を抱えたまま浴槽に入り温かい湯に浸かっていると呻き声を上げシュラが目を覚ました。

我を忘れて貪る様に犯してしまった時より前に見たのと同じ様なあの眼差しに、アイオリアは葡萄の様だな、と思った。

葡萄はぼんやりとアイオリアと浴室の天井を写し、また閉じると今度は口を開く。

「…生きて、いるな。」
「……、お前が『このまま、』と言うから…」

そのまま続けてしまった。とアイオリアは言い訳をする。
シュラが誘ったのだ、と。
その拗ねた言い方が可笑しかったのかシュラが鼻で笑うと尚一層、アイオリアは口を尖らせ分かり易く拗ねて見せる。

目を閉じているのにその様子が目に浮かんだのかシュラは声を上げて笑ってしまった。

遂に顔を背けたアイオリアであったが笑い声に我に返り、改めて声をたてて笑う顔に見とれているとシュラは笑うのを止めてアイオリアを見上げていた。
葡萄の様だった瞳は多目な白目に囲まれ目立たなくなってしまい、勿体無いなと思い、ここで初めてこの瞳がきっかけだった事を思い出した。

昨夜の、夕飯を食べながらふと目線を上げるとシュラの瞳が葡萄の様に濡れて光って見えたのだ。
たったそれだけでアイオリアはやおら立ち上がり、シュラを抑え付け噛み付き、床に組敷いて犯したのだ。
シュラにしてみれば何が何だか解らなかったであろう。

だがこの葡萄は兄の前では一層濡れて光っていたではないか。

そう思うと奪わねばならない、己の物にしなければと焦燥に駆られたのだ。







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