幼児話の3





具合でも悪いのか、それとも何か自分では手に負えない症状でも出たのか、と紫龍が慌てて尋ねるとそれに被る様にシュラが謝罪を叫ぶ。

その慌てた様子よりも、両手を頭に掲げて身を守る様に小さく震える姿に彼の怯えを感じ取り、紫龍は安心させる為に膝を折りシュラに目線を合わせ話し掛ける。

「怒る訳がありません、さ、立って下さい。」
「…ぶたない?」
「ー―――?」
「………怒って、ない?」
「誰も貴方を殴れる者など居ないでしょう?」
「…大人、すぐぶつから…」

しりうもぶつ?と涙声で尋ねられ直ぐに紫龍は否定する。
黄金聖闘士の、鋼の四肢に聖剣を宿し正義の具現者に誰が拳を振るえるものかと。

しかし続けて放つシュラの言葉に自分は何と恵まれた環境で育ったかを紫龍は痛感する。
拙いシュラの途切れ途切れな言葉を繋げると、思わず老師こと童虎に改めて感謝を捧げてしまう程の物であった。

 紫龍は聖域の実情を知らず、偽とは云え当時の施政者であったサガの治める聖域と、己の出生を知ってからは秘かに恨んですらいたグラード財団からも資金援助を受けて育った事を十二宮戦後に知った。
アイオロスの無念などと一方的な正義を掲げシュラに挑み、彼の犠牲で真の女神の聖闘士として生き残る事が出来た。
紫龍は老師だけに育て上げられたと思っていたのだが、常に何かしらの補助があったのだ。

だがシュラの聖域に残る資料だけでは知る事が無かった痛ましい幼少時代はどうだ。
聞きながら想像してしまい、また己も中々に過酷な星の子学園で過ごした幼少期を忘れる程シュラに同情してしまい、紫龍は気が付けば泣きながらシュラを抱き締めていた。

「……?しりう?だいじょぶ?」

泣きながら己をきつく抱き締める行為に驚きつつもシュラは紫龍の身を案じ声をかけ、背を擦る。
その所作がまた紫龍の感情を高めてしまい『もう、貴方は何も苦しむ事も怖がる事も、飢える事も悲しむ事も無いのだ』と、必死でシュラに呼び掛け続けるのであった。






 そして何十分が過ぎただろうか。
二人は未だ流し台の下で踞り抱き合いながら泣いて居た。

「シュラ、俺は貴方が大好きです。」
「…ん…、」
「もう何も怖くは無いんです。」
「………、」
「愛してます。…貴方を、」
「……、」
「貴方が元に戻っても、俺が、「…クッ、…」

「シュラ?」

腕も足も痺れ、それでも熱の籠った呼び掛けであったが不意に肩を震わし、声を堪える仕草をするシュラに紫龍はまた泣き出したのかと安心させる様に抱き締める力を更に強くする。
と、

「こら、痛い。離してくれ紫龍、」

笑いを堪えた声でシュラが背中を叩く。

「ッ、シュラ!? 記憶が戻ったのか…?」

紫龍の肩に載せていた顔を上げると初めて見た時と同じな、ドヤ顔のシュラが笑って居た。

「サガが…、甦ったんだな…。」
「そう…なのか?とにかく甦ってからの記憶もちゃんと残っているぞ、紫龍。」

有難う、と長く黒い睫毛に縁取られた瞳で見詰められ紫龍は今迄の幼かったシュラが本当に消えてしまったのかと少し、惜しむ。
自分は少しでもあの可哀想な子に愛を与えられたのだろうか、と。
その復活しない右腕はやはりアイオロスの物なのか、自分が切り落とした彼の心の何かではないのか、そう漠然と想い哀しむ。

そして今度は甦ってからの記憶も残っている、との言葉が頭に浸透し今度は顔が燃える様に熱くなった。

「お前が俺を愛し、育て、あらゆるモノから守ってくれるんだろう?
期待しているぞ?紫龍よ、」

そんな紫龍の百面相をシュラは面白がってニヤニヤと眺めていたが最後に声を上げて笑うのであった。




よくある幼児退行って良いよね話・<了>





[ 10/38 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]





「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -