外で子供達の声が聞こえる。
微笑ましく元気なそれらはあっちだこっちだと忙しなく右往左往し、同時に床をぱたぱたと跳ねていた。意志疎通の為に逐一声を張り上げるので私達にも何を言ってるかよく分かる。
「…鬼が捕虜を仲間に取り入れたようですね〜。ふふっ、妥協してでも勝利の為に貪欲になるのはいい事です」
「鬼が増えるのは最早かくれんぼじゃないような――。…って言うか、うぅっ狭い!」
「先生。駄目ですよ、しー」
麗らかな日曜日の午後。天気も良くて吹く風に思わず伸びがしたくなるような今日、私達は暗く狭い雑巾の臭いに満たされたロッカーに詰まっていた。
…比喩でもなんでもなく本当に文字通りすし詰めになっている。引きつる筋肉に耐えながら踏張るのも限界に近い。
僅かなスペースで微かに身動きするとかたんと箒が倒れて来て益々可動区域が狭くなった。思わずたじろぎ、足を上げるとヒールがちりとりを踏んでしまって割れてしまうんじゃないかとひやっとする。
「何も同じ場所に隠れなくても…こんなに広い教会なんですし」
「おや?あの時ぼくが先生を引っ張らなければ確実に見つかってましたよ〜。大人が子供達よりも先に見付かった場合は罰ゲーム。それでもいいんですか?」
「うっ」
大人が子供と遊ぶ時、やはりどうしても手を抜きがちになる。所詮遊びと考えてしまうのかどうしても子供騙し感が抜けないのだ。本気を出しちゃいけない、大人気ないと思ってしまうのだ。今やっているかくれんぼ然り、鬼ごっこ然り。
しかし子供にしてみればそれは馬鹿にされたも同然。ちゃんとしろよっと彼らから念を押され、それにマンドロゴロンス神父がそれならミーにいいアイデアがあるジャンと言い出した事により私達にハンデが科せられた。
「教会を掃除するのはいいんですけど…水着でなんて冗談じゃありません!」
「見ている分には楽しいし、綺麗にもなりますからね〜…。子供達もまた違った意味で面白いでしょう。いい案ですよ。…ぼくも流石にごめん被りたいですけどね」
一人黙々と雑巾掛けする光景を思い描いただけで自分が可哀想になる。神様を敬うはずの教会の清掃でバチが当たりそうだ。
「大体なんで水着なんてここにあるんですか…今冬なのに」
「それは愚問ですね〜」
「…贈り物――いえ、貢ぎ物ですか」
「ええ、どうにもならないと物置の肥やしになっていたんですが役に立ちました」
「そのまま眠らせておいた方が良かったんじゃ…」
ボソボソした声量で喋っていると不意にガラッと部屋のドアが勢い良く開く音がした。
同時にぴたりと二人とも口を閉じる。
「誰か来ましたね…」
ロッカーの側面に腕を押しつけ、体重を支えていた衣笠先生は不意に私の背をきつく抱いた。ぶふっと驚きと胸に顔を埋めた衝撃に色気の欠けらもない声が出る。
「…静かに。先生はヒールですからバランスが取りにくいでしょう?僕に寄り掛かっていて下さい」
「っ、でも」
これは寄り掛かると言うより抱き締められてるじゃないんですか、先生。
恐らく衣笠先生は後ろにもたれかかっていて両手が空いたのだろう。けれどそれを私の背と腰に回して自分の胸に閉じ込める行為は抱擁と言う他ならない。
今すぐきゃー!と大声で叫びだして転げ回りたかった。だってあの衣笠先生に抱き締められてるなんて神経が耐えられない。
けどひやりとする鉄板越しに聞こえてくるのはあれー?と言う高い子供の声。無意識の呟きすら耳に入るほどその距離は近い。ちょっとでも音を出せば気付かれるだろう。
ぐっと唇を引き絞り、悲鳴を我慢する。
「……」
…先生、あったかい。
胸に頬をくっ付けていると微かな鼓動が聞こえる。かなり危うい状況の割にそのリズムは落ち着いたものだ。対して私はと言うとドキドキとした脈拍に全身が波打つほどで、添えられた手の感触に目が回りそうだった。今絶対に顔はタコよりも赤い。
この閉鎖された異常な空間より外の鬼はと言うと窓から身を乗り出し、外の誰かと話しているようだった。あっちは見た、あそこにはいなかったなど断片的ではあるが大きい声にまだそこにいる事が分かる。
は、早く。早く出ていって…。
念と言うかむしろ懇願に近い思いを繰り返していると不意にぎゅうっと強く腕に力が込められた。
きゃあああっ何、何!?
「……悠里先生…」
囁くように名前を呼び、頭に顔が寄せられる。距離が近過ぎて確認出来ないがもしやこれは――髪にききききすを…!?
最早、早鐘と呼ぶに相応しい心拍は荒くれドラマーの如く心臓を打ち鳴らし、呼吸すら上手く出来なくなる。
「は〜い、皆かくれんぼは終了ジャ〜ン。おやつが食べたい人は食堂に集合するジャ〜ン」
私が普段から立て付けが悪く、半開きになりがちなロッカーの戸に不必要なほど渾身の力で叫びながら体当たりをしたのとマンドロゴロンス神父の間延びした終了のチャイムの声が響いたのとはほぼ同時だった。