お姉ちゃんは馬鹿だ。
普段からぽやんとしているのは知っていたけどナンパされてる事も気付きやしないなんてホント救いようがない。
内心苛々しながら搭乗の列に並ぶ。
ざわざわと騒がしいターミナルは様々な人種でごった返している。耳を澄ませば聞き取れる単語も幾つかあるけどその殆どが知らないものだったり、訛りが強くて文章として捉える事は困難だ。
ちらりと横目で見知った顔を見る。
…相変わらず、都姉はお姉ちゃんに纏わり付いて瞬兄は素知らぬ顔。けれど腰から手を回して周りから守るように添えている。
苦虫を噛み潰し、呟いた呪詛の言葉と微かな舌打ちは雑踏に紛れて誰の耳にも入らず消えていく。
そんなんだからお姉ちゃんはいつまで経っても独り立ち出来ないし、囲われて当然のような顔をする。
本来ならこんな込み合った空間でパスポートを落とせばまず見付からない。乗るはずだった飛行機にも間に合わず、探し回って色んな人に迷惑かけてきっとそんな状況下に置かれれば泣き出す人だっているに違いない。
そうなっても仕方なかったお姉ちゃんはそう、運が良かっただけ。…いつもそうだ。
ふと脳裏に白の装束を身に纏い、幾人もの男を従えるお姉ちゃんの姿がフラッシュバックする。
変わらない外見から近い未来、そうなるだろう。
この世界は壊れて歪みを湛えた砂と怪物に満たされた世界になる。人は消え僕の望む世界に近付く。――そう思うと苛立った気持ちが少しだけ解れた。
運の良いお姉ちゃんは産まれ持ったその定めから神の使徒に選ばれ、運の良い事に神様から様々な能力を授かるだろう。滅びた街を、世界を“元の”形に戻そうと一生懸命走り回るのかも知れない。
――いっそその地を踏む為の腱を今、切ってやろうか。
嗜虐的な妙案が浮かび、微かに口角を上げたが即座に考えを切り捨てる。
そうすれば未来は変わるのかも知れない。けれどいずれあちらに行くとしてもいつ――何日何曜日何時に行くとはっきり時期がしたが分からない以上、軽率な行動は慎むべきだ。
その時が来るまで牢屋で過ごすなんて冗談じゃない。
「――おい、崇っ。前、前!崇っ」
はっと思考の海から顔を上げると僕らの並んでいた列は随分前に進んでいて都姉に名前を連呼される。
「あっ。ごめーん!へへ、日本に帰ったら何しようかって考えてたらぼーっとしちゃってたっ」
小走りで三人の側に寄ると呆れ顔の都姉に何やってんだよとぽんっと頭を叩かれる。瞬兄は僕の態度にいつも以上眉間に皺を寄せてみせた。お姉ちゃんはと視線を巡らすと――変わらないふわふわした笑顔で微笑んでいる。
「崇君。手、繋いでよっか」
僕の胸中なんて知らないお姉ちゃんはそう言うとその細い指を僕の手に絡めた。
何も知らないお姉ちゃん。優しい優しいお姉ちゃん。――だから憎くて憎くて堪らない。
「ありがとう。……大好きだよ、お姉ちゃん」
いつかその時が来るまでは姉を慕う弟のままで。
本性が出る前から崇は好きでしたがあの弾けた後の彼は自分的に最高でした。
キャステング直後何故攻略出来ないキャラに下野さんをと思ったのもいい思い出です。