「お前の光はまるで蛍だな」
「蛍…ですか?」
高杉さんの腕の中で沢を眺めていると不意に今まで黙っていた彼がぽつりと呟いた。
蛍。
ふわふわゆらゆら舞う彼らは壊れる前の私達の世界では存在すら危うい生き物だ。こんなにも多く、景色一杯に見る事なんてとても叶わない。
私は水槽の中で飼育されている姿以外しか見た事はなかったけれど黄色く発色する蛍の光は淡く儚いのにどこか力強さを感じて…私がそんな風に言われるのは少し分不相応にも思えた。
「あぁ。俺は一瞬の為に生を燃やす姿をとても美しいと思う。儚く…刹那的で、なのにその輝きは何よりも勝る」
そう言う高杉さんは私の好きなどこか優しい顔をしていて釣られるように改めて目の前の石の上に止まり、羽を震わせている蛍を見た。
――そうかも知れない。いつ消えるかもしれない光は見ていると少し悲しくなるけれど彼らは今を精一杯生きているのだから。
その点だけなら私は蛍なのかも知れない。未来の為に今を削っているのだから。
そう考えてふと思い付く。
「あ、なら高杉さんも蛍ですね」
「…俺が?」
自分に矛先が向くと思っていなかったのか、高杉さんは驚いたように目を見開いた。赤味を帯びた瞳が揺れて私が映ってるように見えた。
「高杉さんも信念の為に生きて皆の期待に応えようと必死に頑張っているでしょう?勝ち目の薄い戦いかも知れない。でも前を見て逃げない高杉さんを私はとても…蛍のように美しいと思います」
「ふっ…」
「高杉さん?」
「男に美しいなどと使うものではないぞ、ゆき。でも――そうだな。ならば蛍同士このまま番となって沢に彩りを添えるのも悪くないかも知れないな…」
前に回ったら腕に力が込められる。
高杉さんの心臓の音が背中に聞こえてじわりとした愛おしさが少し高ぶっていた胸の内に波紋のように広がる。
小さく肯定の返事が闇夜に浮かぶ蛍と虫の声に溶けて消えた。
最早老夫婦の域の高杉×ゆき。