花はいい。

佇む姿は見目麗しく、華美なものから慎ましやかなものまで実に多岐に渡る。仄かに香る芳香はそのどれもが甘く香しい。

可愛い、美しい、艶やか。

いつも口にする賛辞は心から出た言葉では無いにしろ、嘘偽りはない。

花が暖かく微笑んでいるだけで気持ちは穏やかに変わり、そこに居るだけで場も和らぐ。

日々、武骨な男共と面を突き合わせていると特にそう感じて仕方ない。

だから愛でたければ側に置けばいいし、それこそ飽きてしまったら手折ればいいと――そんな風に軽く…そう、花はただの花であって私が干渉する事はあってもこちらに触れてくる事はないと思っていたのに。






「ましてや心まで…」


重く、庭石でも飲まされたのではないかと思うほど吐き気がする心中から自然と言葉が出る。

冷たい風は肌を冷ましてくれるものの中々内までは冷やしてくれないようだ。

御家老御家老と纏わり付く鬱陶しい藩士の声を聞き流し、暗い夜道を真っ直ぐ見詰めているとさっきの光景が再び視線の先に浮かび上がる。


『神子殿、どうだろうか…?今度…私達の案内でどこか物見に行くのは…?』

『物見ですか?いいですね、楽しそうで』



「いい訳ないでしょ…!」


ぎりっと歯を食いしばるとさっきからしきりに馬を勧めていた藩士の一人が青い顔をして列に戻って行った。

恐らくかなりの剣幕だったのだろう。

平時でも機嫌の悪い時は側仕えの者さえ遠巻きに近付いてこないくらいだ。今は特に…もっとも誰とも言葉を交わしたい気分ではないのだからその方が有難い。

――小さな蕾。愛らしくて…初めはその花首を戯れに指で突いてみるだけで十分だったのに。

幾ら甘言を囁いてもきょとんとした反応しか返さない花を見るのは新鮮で楽しかった。

けれど今はどうだ。

誰にでもその穏やかな微笑みを向けるのが気に食わない。広く全てを受け入れる態度が面白くない。

分かっている。特別な存在とは言え、未成熟な一花。翻弄して遊んでいたのはこちらなのに実は惑わされ、絡め取られつつあるなんて――認めたくないだけだと言う事は。

他者に心を揺さぶられる感覚は決して悪いものばかりではないけれど平静が崩されるのは余り好ましくない。

しかも乱れるのはいつも私一人でゆきくんはこれっぽっちも私の事――。


「…あの、小松さん」


ぴくり。

不意に囁かに名前が呼ばれ、歩みを止める。明らかに小うるさい藩士の野太い響きとは違う柔らかな耳に心地好い鈴の声だ。

…ちらりと一瞥すると予想通り、心をかき乱す渦中の人物がそこにいて喜びに打ち震えると同時に未だに収まる様子のない悪心がむかむかとこみ上げた。


「…なんだ、君か。何か用?」


突き放すような私の対応に勢いを削がれたのか花は表情を曇らせ、しゅんと萎れた。


「いえ…なんでもありません」

「…そう」



……ああ。ずるいよ、ゆきくん。君は本当にずるい。

そんな風に枯れてしまっては己の愚かさを自覚せずにはいられなくなる。

無垢で純粋で素直な君を悲しませてしまっている自分を客観的に見てしまう。まだ苛立ちを押さえる事など出来ないのに。


「……」


眉間に一際皺を寄せ、私は彼女を放って進めていた足を止めた。





例のイベントの個人的捕捉。

片想い感が半端ない小松が私は大好きです´`*最萌えなのにもう報われなくてもいい気がしてくるから不思議だ…。


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