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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -


いたいのいたいの、




これはしつけ。暴力じゃないわ。それに、出来の悪い娘を持った私のことも考えて下さらない?

自分の子供を目の前にして爪の間のゴミを取り除きながらそう言い放った母親に、あのとき自分はどんな言葉をかけたのだろう。いや、何も言えなかった。それは自分の心がもう腐ってしまっていたからなのか、金を握らせられたからなのか分からなかった。ただそのせいでひとりの子供の命が危うくなるというのに、何も出来なくなってしまった自分に嫌悪していた。





「……なんだかわたし、アバッキオさんにあったこと、あるようなきがする……」

ある朝、こいつ、リメッタは目を覚ましてこう一言。今日自分の子守りをするのが俺だと分かった途端、こいつはそう言った。柄にもなくひやりとして、冷や汗を隠してくれた自分の長い髪に初めて感謝した。


「へえ、お前みたいな小娘が? ありえねえな。それ以前になんで俺の名前を知ってんだ」
「ブチャラティさんに教えてもらったの!」


ブチャラティならばしょうがない。丁度昨日こいつの面倒を見たのがブチャラティだったみたいだし、こいつも随分懐いていたようだ。あいつ自身子供には甘いし、お互いにもう信頼しているのかもしれない。

「悪いが俺はブチャラティと違ってガキの面倒なんざ見たかねえ。勝手に一人で遊んで昨日買って貰った菓子でも食っとけ」
「……、」



ここで素直に自分の言い放った言葉について考えてみれば、泣かれてもおかしくないと思った。しかしこいつは泣くわけでもなく、言った通り一人で遊び始めることもなく、ただ黙ったまま俺の座るソファに頬杖をついて此方をじっと見上げていた。その丸い瞳に映っているのは他でもなく俺だった。

「……ありがとう」
「は?」

「けーさつかんのお兄ちゃん……でしょ?」




さっきの何を考えているのかわからない表情から打って変わって、リメッタは柔らかな笑みを浮かべた。それはひどく穏やかなのに、完全に俺をあのときの警官だと確信している、絶対にもう誤魔化すことはできない表情だった。何も言わない俺に、リメッタは少し不満そうに頬を膨らませた。

「アバッキオさんもあのときのお兄ちゃんも、唇がむらさき色だもの。声だってそっくりだよ?」

ここまで言われてしまえばもう認める他はない。

「……あー、OK、分かった。俺があのときの警官だったのは認める。でも礼なんて言うんだ。俺はあのときお前を見捨てたはずだ」

そう言ってもリメッタの表情は一向に変わらない。それどころかますます不満そうな顔になっている。とは言っても俺は今こいつが何が言いたいのかが分からなかった。その様子を見てか、リメッタは何かを決心したように言った。


「……わたしね、昨日ブチャラティさんにお菓子を買ってもらったけど、それが初めてじゃあないの。アバッキオさんがあのときくれたキャンディがね、初めて食べたお菓子なんだよ。すごく甘くってね、美味しかったんだよ」



とても優しい声だった。子供に言い聞かせるようなゆっくりとした口調で、俺はただただ目を丸くした。単刀直入に言えば、忘れていたのだ。多分当時の自分は当時の罪悪感を少しでも拭うために、彼女に一声かけて、迷子をあやすためにいつも使っていたポケットの中のキャンディをやった。あのときこいつがあまりにも目を輝かせていたから、それを見てあろうことか安心してしまったのだ。

「『頑張れよ』って言ってくれたとき、すごく嬉しかった。なんとなくだけど、覚えてる、よ。結局はこうなっちゃったけど……」


リメッタは悲しそうに顔を俯けて、目のあたりを指で擦った。ぐす、と鼻をすする音が聞こえた。


「……しろ」
「え?」
「昼寝しろ、って言ったんだよ。ガキは大人しく寝てればいいんだ」
「……」

これ以上その音を聞いていてもいい気持ちなんてするはずもない。ただ居心地の悪いこの空間に居るのが嫌だった。


「……アバッキオさんは、やさしいんだね」


リメッタはソファに腰を乗せると、少し赤みを帯びた目元を細めて笑った。やがてソファの背に身を預けて穏やかな寝息を立て始めたのを見て、ほうっとため息をついた。こいつがこちらへ寄りかかってくる前に、化粧直し用のポーチを取りに行かなければ。そう思い立ち、彼女を起こさないようにゆっくりと席を立った。


2019.2.19

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