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優しい笑顔で帰ってきて




彼女の家の場所はすぐに分かった。公園の周りには綺麗なマンションが建てられていて、彼女の言うアパートは明らかに年季が入っており、その錆びた手すりや色がくすんだ壁はほかの景色とひどく浮いていた。

大袈裟に音を響かせる階段を登り、一番奥の部屋のドアにジッパーを使って中に入ると、俺達はその異変に直ぐに気づくことが出来た。



「これは……ひどいな」
「片付けが長引きそうだぜ」

どこもかしこも酸化した赤黒い血液に染まっている。こびり付いた血を照らす付けっぱなしの蛍光灯が不気味に光っていた。

短い廊下を渡った先のリビングの真ん中にはバラバラになった人と思われる塊が転がっていた。切り口は鮮やかで、死体の顔を見ると血がこびりついてよく分からないが、おそらく女だろう。そしてその隅には、ナイフとびりびりに破かれた紙が一枚。血があまり付着していない何枚かを拾って繋げると、それは小学校のテスト用紙のようだった。丸っこい字で書かれたあの少女の名前の隣には100と言う数字と笑顔のマークが書かれている。それさえも少量の血痕で汚されていて、どうしようもなく怒りが込み上げてくるのが分かった。

「コイツが母親か……」
「ブチャラティ、隣の部屋にライターとフーゴが持っていた写真の男の死体があったぜ。やはり再点火が原因みたいだな」


隣の部屋に見に行ってみると、その男は苦悶の表情で息を引き取っていた。周りの床が焦げていないところを見る限り、おそらく再点火した後、ライターが死んだ男の手から離れ、落とした拍子に再び炎が消えてしまったのだろう。

「アバッキオ、ここでリプレイしろ」
「分かった」


キュルキュルと不思議な電子音を立て、アバッキオのムーディーブルースはみるみるあの少女の姿へと形を変えていく。彼女の姿は一度リビングへと戻っていった。その足取りを追いかけると、彼女は誰かに見せ付けるように、あの100点のテストを上へ掲げてみせた。

「ママ! 算数のテスト、また100点だったの! しかもクラスでふたりだけ!」
「へーえ、……まあ、100点ならいいわ。ああそうだリメッタ、あの人を呼んできてくれない?」
「……」
「アンタ、私の話聞いてた?」
「あ、ご、ごめんなさい。す、すぐに呼んでくるから」


嬉しそうだった彼女の表情はさっきとは打って変わって怯えているようなものに変わる。そのままリメッタはまた男がいた部屋のドアを恐る恐る開けた。


「あの、ママが……」

「……お前、何してくれてんだよ」
「え?」



リメッタが部屋に入った瞬間、男の声は物凄い剣幕で彼女を怒鳴り立てた。おそらくたった今ライターの火が消えたのだろう。だから当時の男の手には火の消えたライターが握られていたはずだ。

「お前がドアを開けて入ってきた風で! 火が消えちまったじゃあねえか!!」
「?、で、でも、そのライター、まだオイルが」
「オイルがまだあるから大丈夫だよ、って? なら一度やってみるか、ああ?」


ライターの火が消え動揺している様子の男の声の直後。ボッと火を点火した音が聞こえ、すぐに男が倒れる音がした。再点火を見たのはもちろん男だけではない。リメッタの体もやがて横へと倒れていった。

「アバッキオ、彼女が起きるまで早送りを……」
「ちょっと待て」


そうアバッキオが言った瞬間、バタンとまたドアが開く音がした。誰かがこの部屋に入ってきたのだ。入ってきた人物はまず男に声をかけた。大丈夫?、と。しばらくした後、目を覚まさない男に声をかけた人間の嗚咽が聞こえた。あのリメッタの母親の声だった。その声でリメッタは目を覚まし、その状況に汗を滲ませた。


「ママ……?」
「おまえがやったの?」
「い、いや、ちがうの。わたしは……」
「おまえがやったのね!?」

その瞬間、リメッタの顔が一気に青ざめた。ムーディー・ブルースではリプレイしている対象が見たものは再現できないから正確には分からないが、このとききっと女はさっき部屋に落ちていたナイフを持っていたはずだ。

リメッタはやっとの思いでリビングへと逃げるが、腰を抜かしたようで崩れ落ちるように座り込んでしまった。迫る足音にガタガタと彼女の体が震え始める。同時にビリビリと何かを破る音と、何を言っているのかも分からない怒声が部屋中に響いていた。

そのときだった。


ごとん、ごとん。


そんな何かが落ちる音がいくつか聞こえて、彼女の体は一瞬で血に染まった。自分のものではなく、母親の血だった。最後にからんと凶器の落ちる乾いた音して、俺が彼女の表情を見てしまうより先にアバッキオはチッと舌打ちをして、すぐにムーディー・ブルースを自身の体へと戻した。

「ナランチャの奴が面倒事を拾ってきたと思ったら……」
「男が試験を受けた時点で、すで彼女と俺達が出会うことは決まっていたのかもな。こりゃあミスタの言う通り、胸糞悪いぜ」



このときの俺達は、大人でさえも見たら青ざめてしまうような悍ましげな表情をしていたように思う。アジトに戻る頃には隠さないとリメッタを怖がらせてしまう。だが、このときは彼女がいなかったから……いや、もしいたとしても、俺達はこの感情を隠すことは出来なかった。



2019.1.26


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