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パーソナルカラーに拘らないで


アバッキオがリディアと再会した日から二週間ほどしたある日だった。新聞の中の、一面にされるほどではないが、隅っこの小さなスペースでもない中途半端な大きさの場所にその出来事は載っていた。

“ネアポリスの女性警官 市民守り重症”

アバッキオはその記事の一文字一文字を丁寧に読みとっていく。若い、街の人々と仲がよかった、などという部分的な情報と、何よりもその名前で、その警官の名前はリディアだと判別できた。幸い命に別状はなく、今は意識が戻ったばかりらしい。それを意味する一文を見つけた瞬間、アバッキオはほっと息をつきたくなったが、それはほんの一瞬だけだった。

「……なんかこれ、詳しく載りすぎじゃないですか? 名前はもちろん、出身高校まで書いてますよ」

新聞を一緒に覗き込んでいたフーゴが、ふとそんなことを言った。確かにここには名前はもちろん、経歴や当時の警察学校での様子(教官に取材したらしい)だとか、事件にはおおよそ関係ないだろうというものまで載っていた。

「表向きは最近平和だったから必死なんですね」

確かに彼女は良いことをしたはずなのに、こんな個人情報を晒されている。まだ意識が戻ったばかりで、それに加え学年は違えど同じ高校で学んでいたときは、普段いつも冷静沈着というわけでは決してなかった彼女なのだから、きっと混乱してパニックになっている。それでもアバッキオは見舞いに行くという考えはもちろん、前のように見に行くだけでも、なんてことは思わないようにした。そもそも後者は一度失敗しているのだし、リディアはおそらく自分を覚えていないから、見舞いなんて以ての外だ。それにギャングである自分と知り合いなんだと勘違いでもされれば、彼女にさらに迷惑がかかる。

どうせこの新聞を見たブチャラティがすぐに自分を心配して気にかけてくるから。そう自分の中で適当な理由をつけ、心のざわめきが収まらなかったアバッキオは外へ出かけた。












「ご、ごめんなさい! お願いだからもうマイクを私に向けないで!」
「……何言ってんだ」

思わず出てしまったその言葉の直後に、アバッキオは息を呑んだ。ぶつかったのは病院にいるはずのリディアだったのだ。腕の片方は骨折したのかギプスをつけ固定されていて、頭には痛々しく包帯が巻かれている。着用している患者服と病院の名前が刻まれたスリッパの布地も少し土で汚れていた。想像していた人物とは違っていたのか、彼女は呆気に取られて大きく目を見開いたままこちらを見上げていた。

「……あ、あなたは……」
「見つけたぞ! こっちだ!」
「!、ひッ」

何か言おうとしたリディアの視界に片手にマイクや筆記用具を持った数人が入った瞬間、冷や汗が彼女の髪と包帯を濡らした。彼女はとっさにアバッキオの背後に回り、服をぎゅっと掴んでその大きな人影に隠れた。すみません、と少し目尻に雫を浮かべて、服を掴む片手も震えていたリディアの様子に、アバッキオは彼女を振り払おうという気にはなれなかった。
本来ならば、さっき声を聞かれたのも危なかったのだ。もし全てがバレてしまったとして、彼女が自分を高校時代の先輩と知ったときの目が写す自分を見たくなかった。それはきっと失望と嫌悪が混じったものになってしまうに違いない。それなのに、と、今の自分らしくない行動に小さく舌打ちをした。それはあくまでも自分に向けてのものだったが、リディアを追っていた記者達は顔を青くして早々に逃げていく。リディアはこのマスコミ共から逃げるために無理矢理病院を逃げ出してきたのか。そう察したアバッキオは思わず反吐が出そうな気分になった。

「……すみません、迷惑をかけてしまって。でも、ほんとうに助かりました、ありがとうございます」
「てめえが勝手にこっちを利用してきたんだろう。礼を言われる筋合いはねえ。それよりも、おそらくさっきのことでお前は俺と知り合いなんだと勘違いされた。先にそっちを心配することだな」

もう早くここを立ち去ろう。

リディアが初対面の人間に心を開けるまでの時間が短いことをアバッキオは知っていた。今までの彼女の反応からして、まだ自分を当時の先輩だとは気づいていないだろう。だからこちらも普通の、初対面の人間に大して使うようなきつい口調を使ってまた自分と彼女がなんらかの関わりを持ってしまうことを防がなければならない。
彼女はひどく悲しそうな顔をしたが、アバッキオは進む足を止めなかった。どれだけリディアの視線が行かないでと絡みついてくるようなものであっても。しかし今の自分は絶対にとてもやるせないような表情をしているということには気づいていた。こんな感情は時間が経たなければとても忘れることなどできないものなのに。それでも進んだ距離は着実に増えていき、最初の曲がり角が近づいていく。もうすぐ彼女の視界に入らない場所に行ける。そう思ったとき、後ろにいるリディアが大きく息を吸い込んだ音がした。




「ッ、ま、待って、待ってください、……先輩!」




2018.12.7